第六〇話 呪縛

 俺達が倒れ伏すMarkⅡの元へ駆け寄った時、その瞳に映ったのはコックピットから救出される哲也の姿。そこに、先程までの余裕も自信もない。何度も吐血したであろう口元を赤黒で汚し、苦しげな呼吸と共に痙攣していた。


「……あれは、戦いのダメージじゃない」


 駆け付けた医務班により担架で運ばれていく哲也さん。力無き病人のような姿を見送りながら、暦は呟いた。


 ☆午後三時 パイレーツ・ベース 医務室


 演習の轟音と震動が、僅かに医務室にまで伝わってくる。点滴の雫が少しぶれて容器伝いに落ちていく中、それでも医療機器達は自分の仕事を続けていた。横たわる哲也をベッドは優しく抱きとめ、人工呼吸器は新鮮な空気を送り続ける。その『冷静さ』は、ベッドサイドで診察を続ける木野先生に似たのかもしれない。


「……イかれてやがる」


 俺達五人を尻目に、木野先生はベッドサイドのモニターを凝視して呟いた。


「脈拍三六〇、血圧四〇〇、熱は九〇度。逆に、よくこれで死なないものだ。人間というよりかは、やはり怪獣にしか見えん」


 九〇度。一見ふざけている様にしか思えないこの数字も、病室に籠った熱気からして本当と認めざるを得なかった。


「超能力者でなければ、とっくに死んでるわね」


 サワさんがそう呟いた時、聞き慣れない少女の声が病室に唐突に響き渡った。


〈違います。むしろ、超能力者だからこんなに苦しんでいるんです〉


 姿無き乱入者に、司令の表情が張り詰める。ドミノ倒しのように、暦を除いたその場の全員もまた警戒の眼差しをもって辺りを見渡した。


〈驚かせて申し訳ございません。暦さん、そこにある携帯を拾い上げてくれませんか?〉


 声の主は、枕元のデスクに置かれた哲也のスマホ。CGで作られたであろう少女が、画面の中で物憂げな表情を浮かべていた。


〈わたしはシス。MarkⅡに搭載されたサポートAIです。現在、マスターのスマホを通して話しています〉


 暦の手の中で、シスは説明を続ける。


〈マスターは、暦様ほど超能力を上手く使いこなせていないんです。言ってしまえば、超能力のせいでいつも命を削られているのです〉


 改めて見て俺は気付く。陶器のように美しい肌には、僅かながら病じみた土気色が僅かに混ざっている事に。


〈その上で、ゼージスを操縦するとなると問題なく動けるのは大体三分程度。このラインを超過すると、マスター自身の身体が持たないんです〉


 シスの言葉に、澄子が口を開いた。


「……まるで、呪いですね」


 呪い。その言葉に沈黙が辺りを支配する。そんな中、司令の表情は変わらない。その静かな瞳の奥には、誰かに対する怒りが渦巻いていた。


「……何故、止めなかった?」


 シスは、やり切れない様子で答える。


〈マスターは、一度決めたら良くも悪くも突っ走る人です。わたしが止めても、聞いてくれませんでした〉


 酸素マスクの下から、弱々しい呼吸音が響き渡っていた。


〈何より、この超能力から解放されるには金が必要なんです。リオン様曰く、『もし』治せる技術が出来れば金がいる、と〉


 司令は声を荒げる訳でも物に当たるわけでも無く、ただ嘆息するだけだった。


「すまない。嫌味は、リオン殿に言うべきだったな」


 誰もが、目の前に展開する胸糞悪い光景に辟易するしかなかった。不完全な能力とは言え、ゼージスを動かせる貴重な能力。この先も、リオンは彼を『丁重に保護する』のだろうと……


「……仕事に戻ろう。ひとまず、我々には目の前にやるべき事が残ってるのだから」


 誤魔化すような司令の言葉と共に、俺達四人は木野先生に背を向け去っていく。暦は、どうも暫く病室に残るらしかった。


(暦は、何を思うんだろうな)


 いつぶりだろうか。人間こそ怪獣なのかもしれないと思ってしまったのは。


 

 

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