第五二話 三分
☆午後一時 六甲山山中
飛び回る戦闘機を、水のレーザーが次々と切り裂く。空に爆炎の花火が咲き誇る中、復活した怪獣は憤怒のままに咆哮した。トドメを刺そうと襲い掛かる集中攻撃をもろともせず、両手の巨大な鋏を振り回すその脳裏にあったのはたった一つの仇敵だけだ。
「それが、ぼくって事か」
繋がれた機械に力を送りながら、ぼくは呟いた。サメらしく、奴は嗅覚が鋭いらしい。モニターに映る暴れっぷりからは迫り来るマークツーへの激情を感じられた。
〈マスター、聞こえますか?〉
不意にコックピットに響く少女の声。人間らしい心配の感情に、機械らしい無機質な響きが混じった、いつも通りの不思議な声だった。
「シス、ありがとう」
たかがAI、それなのにぼくは『彼女』と話していると自然に自信が湧いてくる。ぼくは、日本で言う所の『オタク』なのだろうか。
〈恐顎水獣シャードン。一九七一年及び二〇〇六年の金山村、九八年の南極海など多数の出現記録のある水棲怪獣です〉
シスターの言葉を聞きながら、ぼくは飴玉の袋を開いた。無重力に漂うそれを器用にキャッチし、ペロリと口の中に含む。
〈恐らく、本個体は二〇二三年に八景島近海に出現した個体と同一かと思われます。日本支部の一条竜の活躍で撃退された個体かと〉
一条竜、ぼくはその言葉に思わず反応してしまった。
「先輩が逃がした個体……奴を倒せれば良い初陣になりそうだね」
そう言うと、シスはやはり咎めてくる。
〈マスター、油断は禁物です。推奨戦闘時間は三分。デッドラインを超えたら、いかなる場合も撤退してください。マスターは、絶対に死ぬ訳には行きませんから〉
気を引き締めながらも、ぼくの表情は笑っていた。
「ぼくは、死なないよ」
やがて、視界にシャードンの巨体が映る。ぼくは、口の中の飴玉を噛み砕いた。
「さぁ、始めようか」
☆午後一時一分 カウント開始
MarkⅡの巨体が急速に加速していく。背中の翼を折り畳みスラスターを全力で吹かせば、機体が真紅の炎に包まれる。大気を焼き、風切り音と共に急降下する。シャードンは、逃げない。
次の瞬間、襲い掛かる極太の水レーザー。切り裂かんと襲い掛かったそれは、衝撃と共に炎と激突する。水蒸気が弾け、爆音が大地を揺るがす中、炎は水を物ともせず燃え上がる。そして、その巨体は強引に加速していった。
〈衝撃に備えてください!!〉
次の瞬間、炎の突貫がシャードンの土手っ腹を貫く。凄まじい衝撃波を撒き散らし、周囲の木々が再び薙ぎ倒された。吹っ飛んだシャードンの巨体が燃えながら山麓へ叩き付けられ、飛び上がった鋼の巨体が華麗に着地する。
「どんどん行くよ!!」
大地を蹴り、低い姿勢のままマークツーは駆ける。両掌から金属音と共に飛び出した鉤爪が機械音と共に白熱する。起き上がり、迎え撃たんと振り下ろされる巨大な鋏を紙一重で交わし、灼熱が切り裂く。果たして、右腕の断面から悲鳴と共に緑の体液が勢いよく噴き出した。
☆午後一時二分 一分経過
怒りの咆哮と共に至近距離で放たれた水レーザー。体を捻って躱し、強靭な爪がサマーソルトを決める。大きく吹き飛ばされ、土煙と共に叩き付けられる。
「どんなもん?」
〈悪くありません。ですが、油断は禁物です〉
土煙が晴れた時、そこにあったのは鎧鱗と甲殻のだけだった。
直後、背後から殺気。咄嗟に飛び上がったマークツーの直下に、流線形の巨体が食らいつく。
「なるほど、パージか」
もはや、鎧は役に立たない。そう判断したシャードンは、身に纏った物をパージしたのだろう。ぼくの目の前に再び現れたシャードンの巨体は幾分かスレンダーになっていた。よく見れば、隠されていたであろう体中の鰓のような器官達から水を噴き出している。さっきは、ジェットエンジンの要領で加速したのだろう。
〈どうします? 他の個体では確認されていない能力から察するに、かなり強力な個体と考えられますが〉
ぼくの答えは、決まっていた。
「なら、本気を出す」
☆午後一時三分 二分経過
水の爆発と共に飛び出す大顎。爆炎と共に飛び出すマークツー。全てを砕く激流の大顎と全てを貫く炎の嘴の一騎打ち。まさに、矛と盾のぶつかり合い。
きっと、日本の連中はそう思ってるに違いない。
「パージ!!」
瞬間、シャードンは気付く。両翼が背中から消えた事に。そして、その両翼は、独立した『猛禽』として己の背後にいた事に。
直後、猛烈な火炎弾が背後から雨霰の如く襲い掛かる。これに怯んだシャードンは、僅かに体勢を崩した。それは、ほんの一瞬のスキ。だが、決着を付けるにはあまりにも大きい致命傷。
果たして、またも紙一重で躱された大顎、すり抜けた槍の如き嘴が土手っ腹を貫いた。
緑の体液と共に、力無く持ち上げられた巨体。幸い、ぼくに返り血は無かった。トドメを刺したのはこの『
「タイムは?」
〈二分三五秒、ギリギリです〉
飛竜がシャードンを投げ捨て、ぼくのイカロスがその背中に戻る。果たして、咆哮が響き渡った。
それは、ぼくの宣戦布告。超えるべき先輩への挑戦状だった。
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