第五〇話 怪獣海戦
☆正午四〇分 瀬戸内海
ワンダUS・アメリカ海軍連合艦隊
戦艦アグア 作戦室
何年も変わらない曇り模様の中、艦隊が瀬戸内海を行く。七隻の戦艦が擁する数十門もの大砲による円陣が周囲に目を光らせ、海中からは潜水艦達が魚雷を構えている。まさに、海上に築かれた鋼の砦。内側に突っ込もうとする馬鹿は、人間にはおるまい。
……最も、それだけの鉄壁をもってしても船員達の顔に安堵はない。彼らにあったのは、始まろうとする戦いへの不安。そして、ワンダへの不信だけである。
「こんな目に合うような事は、したつもりがなかったのだがな」
私、ヒロヤ・クーパーは個人的には真面目に生きてきたつもりだった。子供の頃は勉強もスポーツもサボらなかったし、犯罪も軍規違反も一度たりとやった事がない。『海軍一の真面目艦長』とだって言われたこともある。要するに、生まれてからの六〇年間『正しく』あろうとあり続けた訳だ。
「そんな私に、何かも分からない『アレ』の為に死ねと言うのか」
迎撃準備が進む中、円陣の中心……ワンダの空母の上でソレは『眠っていた』。ご丁寧にも全身に『布団』を被ったその正体は分からない。知っているのは、そこにアークブレインが一枚噛んでいる事とまだ『見せたくない』というCEOの意向のみ。大人気ないが、私はこの時ばかりは反乱を起こしたい気分だった。そんな巫山戯た真似をする奴の子守をさせられるなんて……
〈こちらワンダUS、貴艦の後方二キロに怪獣の姿を確認。警戒されたし〉
双眼鏡を覗けば、次々と巨大な水柱が海上に立ち上がるのが見えた。魚雷が発射され、炸裂し、そして潜水艦達は返り討ちにされていく。何故ここからでも勝敗が分かったのか? その答えは実にシンプルである。
燃料が漏れ出し、文字通り火の海と化す瀬戸内海。そんな中、巨大な背鰭が大波と炎を掻き分けてこちらへ猛追してくるのだから。
「ワンダUS、全速力で前進せよ」
あまりに味気ない遺言を残し、私は号令する。
「全艦、発射用意」
戦艦の砲塔達が回転し、他の艦も続く。海兵達が甲板を走り回る中、臨戦から戦闘への切り替わりを知らせるその金属音は私へのレクイエムのように聞こえた。
「撃て!!」
轟音と共に、大砲達が一斉に火を吹く。激しく揺れる艦内、迫り来る背鰭の周囲を巨大な水柱の大森林が取り囲む。
「全弾発射、使い切れ!!」
作戦などない。あるだけを只管に撃ちまくる。鼓膜が殴られる度に戦艦の周りを排煙が白く包んでいく。先程の燃料がこびり付いていたのか、瞬く間に水の森は火に包まれていった。まさに、火力。最大火力という言葉を体現した様な光景が、私に目の前に展開していた。
やがて、弾を使い切った戦艦達は沈黙する。私が期待していたのは、その頃には海上に巨大な亡骸が力無く浮かんでいる事だった。煙が晴れた先に、奇跡的な勝利がある事を期待していたのである。
……薄くなった煙の向こう側、私達が見たのは豪快な波音と共に迫り来る巨大な背鰭。そして、牙を剥くサメの大口と、切り裂かんとすカジキの大角だった。
「衝撃に備えよ!!」
瞬間、全体を激しい衝撃が駆け巡る。大角が装甲を貫き、牙が食い込む。凄まじい咬合力に船体は押し潰され、不快な金属音と共に戦艦が傾き、歪んでいく。海兵達が悲鳴と共に海へ落ちていく中、耳を劈く咆哮。それは、我々を嘲るこの世で最も恐ろしいモノだった。
「これが、怪獣……!!」
旗艦達の仇を討たんと、再装填を終えた戦艦達が火を吹く。だが、分厚く頑丈な青の鎧鱗とタフネスの前には、それらはただ火花を上げるだけの花火と大して変わらない。むしろ、生半端に怒らせてしまう下手くそな挑発に他ならなかった。
怒号と共に、サメの大顎が我々の戦艦を乱暴に放り捨てる。水飛沫と共に着水した我々が揺れるブリッジから見たのは、切り裂かれる海だった。大砲にも似た鈍い轟音と共に、大口から放たれた水のレーザーは戦艦達を海ごと安々と両断していく。
果たして、僅か数分で空母を除いた艦隊は壊滅した。残ったのは、業火と共に轟沈していく巨大な鉄屑達と死にかけた旗艦。そして、最後の敵に突き付けられたカジキの大角のみ。
〈各部で火災発生、消火不能です!!〉
〈浸水深刻!! 沈没します!!〉
次々と舞い込む凶報に、我々は答える気にはなれなかった。何故ならば、意味などないのだから。これからどう足掻こうと、我々に生きる道などないのだから。
怪獣が牙を剥く。私は思った。これから、我々は噛み砕かれ、この馬鹿げた任務は空母と共に海の藻屑になるのだろうと……
我々は、突然背後から『存在感』を感じた。
振り返った時、空母の上にあったはずの『ソレ』の姿はなかった。いや、正確にはあったにはあったのだ。
巨大な鋼の翼を広げた怪鳥として、空に。
それは一瞬の事であった。巨大な鋭爪が怪獣の大顎を痛烈に蹴り飛ばし、鱗を砕きながら鷲掴みにする。信じられない事に、駆動する翼とスラスターの轟音と共に二体の巨影は『宙を舞った』。
もし、我々がこの世界に生まれていなければ、これを幻覚として信じて疑わなかっただろう。我々は、ただ圧倒されるばかりだった。ただ、東の空へ消えゆく『ソレ』を見送るしかなかった。
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