第四九話 笛木哲也
☆正午半 パイレーツ・ベース 廊下
一仕事を終え、基地内を散策していた私が見たのは、更衣室の暖簾をくぐる銀髪の少年の姿だった。
私が知る限り、彼は十二歳。だが、小学六年生ほどの年として見てもその身長は低くく、風呂上がりの火照った顔付きもまた何処か幼気であった。
「佐神司令、でしょ」
彼は、すれ違いざまにそう呟く。少年らしいソプラノは、まるで探るような意図を孕んでいた。
「……密偵かね?」
「どっちだと思う?」
人のモノとは思えない底知れなさと奇妙な威圧感。冷や汗と緊迫の中、私は何処か強烈な既視感を覚える。
「教えて欲しいなら、あれ」
少年が指差したのは、今となっては貴重となった自動販売機であった。
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〈葛葉オレンジ 極テイスト〉
〈バロン・バナナ ロードクオリティ〉
ベンチにちょこんと座り、少年はオレンジジュースをラッパ飲みする。ごくごくと喉を動かすその表情は、とても満足気だった。
「風呂上がりのジュースって良いよね。牛乳より良いと思う」
幾分か年相応になった雰囲気。だが、それは本当に『幾分か』に過ぎない。少年の謎めいたオーラは決して失われてなどいなかった。
「……ひとまず、挨拶と『それは嬉しい』とだけ言っておく。だが、君と私で二千円払ったんだ。答えを言ってもらわないと困る」
バナナジュースを一口、私は続けた。
「
少年……いや、笛木君は私を横目にごくごくと飲み続ける。果たして、空になったボトルは宙で綺麗な放物線を描いてゴミ箱に飛び込んだ。
「ノーだよ。ぼくは、見返りなしじゃ動かないし。さっきのは、単に泳ぎたかっただけ」
黒の瞳が、私に冗談のように笑いかける。その言葉が本当なのか、確認する術はない。だが不思議と私は、『真実』だと考えていた。
「それと、演習相手の顔を見てみたかっただけ」
いずれにせよ、彼は一応、味方であれど油断ならない存在だった。特に、あの情報を聞いたあとでは……
「本当に、君なのか?」
「聞きたいなら、もう一本」
嘆息し、ポケットの財布に手を伸ばした時だった。
〈緊急怪獣警報、緊急怪獣警報!!〉
瞬間、基地中の空気が逆立つ。回転灯が辺り赤く輝く中、咄嗟に電話を掛ける。
「監視局、何事か!?」
〈こちら監視局、加古川の沖合三キロ地点で怪獣の出現を確認!! 侵攻方向は東、つまり神戸・大阪方面です!!〉
演習があろうとなかろうと、怪獣は待ってくれないらしい。私は隈をさすり嘆く。このワンダに休みという概念はないのかと。
「姫路から大阪まで、沿岸部の都市への避難命令を広報局及び医務局に要請!! 監視局は怪獣の同定作業及び上陸地点特定を急げ!!」
私は、心苦しさを押し殺して続けようとした。
「やむを得ん。トレジャー・ベースのゼージスに出撃準備を……!!」
瞬間、私の腕を絹のような手が掴んだ。
「その必要はないよ」
怪獣が迫り来る中、笛木君はただ一人不敵な笑みを浮かべていた。
「笛木君!! 遊びじゃないんだぞ!!」
怒鳴る私に怯む事なく、彼は続ける。
「要するに、その前に倒せば良いってことでしょ」
いつの間にか、その左眼は透き通った白に染まっていた。
「行くよ。……MarkⅡ《マークツー》」
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