第四八話 オトナノ二人

 ☆正午 パイレーツ・ベース 室内スパ


 オレ、木野飛彩は泳ぎという物が苦手である。水に入れば、体はブクブクと沈んでいきあっという間に溺れてしまう。要するに、カナヅチという物だった。


「……嫌な予感はしてたが」


 一応、サーフパンツは持ってきた。だが、相変わらず半ば貸し切りのプールサイドに立ち尽くし、水の方を睨み付ける事しか出来ない。


「暦ちゃん、もっと力抜いて!!」

「分かってる!!」


 暦の手を取り、真剣なコーチ気取りの竜。バタバタと水飛沫をあげ、必死に息継ぎする暦。どうやら、オレには誤算が二つもあったらしい。一つは、いざプールを目の前にした暦が竜に寝返った事。そして、プールは遊びの名目で鍛える事が出来てしまった事。監視しに来たはずが、オレは二人の鍛錬を見守る保護者になってしまったのだ。


「よっ、先生」


 振り返れば、サワがオレにイタズラっぽく笑い掛けている。シンプルなサーフパンツに、ガーリーなラッシュガードと続いた九瀬家の長は、黒いブラジリアンビキニだった。


「あまり、感心できんな」

「いーじゃん。折角の休暇なんだし」


 今となっては貴重なスムージー片手に、彼女はウインク。ストローに瑞々しく綺麗な唇が優しく吸い付く。ごくごくと喉を動かしながら黒曜石の髪を靡かせれば、形の良い豊満な胸がたわわと揺れた。


 平静を装いながら、さりげなく目のやり場を探すオレ。だが、サワはその事に気付いたのか、モデルのような長身から意地悪な笑みを浮かべた。


「あっちにフィッシュスパあったわ。中々気持ちよさそうだから一緒に入らない?」


++++++++++++


 職員の家族か何かだろうか。一人フィッシュスパに浸かっていた銀髪の少年はオレ達を見るやいなや、察したように去っていた。


 湯船に足を付ければ、小魚達が一斉にオレ達に襲い掛かった。大群で肌を啄んでは離れ、また啄む。最初はただくすぐったいだけだったその感触は、次第にジワジワとした焦れったさと気持ち良さへと姿を変えていく。肌を天使の羽でなぞられ、マッサージされる気分だった。


「あぁっ、そこ良い。もうちょい下……」


 サワの妖艶な吐息が、隣から聞こえてくる。恍惚とした表情で魚と戯れるその様子に、オレは自分が変な気にならないか不安で仕方なかった。


「まだリオンの目論見とやらは分からないのか」


 誤魔化すように真面目な話を振れば、サワの表情が『科学者』としての知的なものへと切り変わる。


「プールに来るまで軽く調べてはみたわ。でも、やっぱり情報統制が激しいみたい。隠してる以上、絶対に何かあるとは思うけど」


 再びストローに唇を合わせる彼女。オレは、嘆息しながら返した。


「奴がスポンサーで無ければ、あの二人も『演習』とやらに出なくても良かったのにな」


 相変わらず『鍛錬』を続ける二人。子ども二人を抱き抱え、プールサイドで微睡む澄子とは対照的だ。


「あら? 珍しいわね。ツンデレって奴?」

「オレはツンデレじゃない。奴の事は、心の底から大嫌いだ」


 魚達に視線を移し、言葉を続ける。


「……だが、オレは医者だ。医者である以上、一度関わった人間は無事でいて欲しい。例えそれが、嫌いな奴でもな」


 気付けば、オレはらしくない事を口にしていた。


「ましてや、同じ様な目にあった身としてはな」


 オレの言葉に思う所があったのか、サワはトレードマークのロケットを開いていた。


「竜を失いたくない、って意味ならあたし達お似合いかも。いっそ付き合う?」

「何度も言わせるな。そう言うなら、まず奴を止めてからにしろ」

「えー、今は楽しそうだし─」


 

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