第四七話 休暇と噂

第四二話 休暇と噂

☆八月二七日 午前九時半 兵庫県尼崎市 


〈今月の三一日、神戸沖合に浮かぶパイレーツ・ベースにて行われるワンダ合同演習。世界各国のワンダが参加予定のこの演習にて、ある発言が憶測を呼んでいます〉


 高速道路を走る一台のスポーツカー。カーラジオが流れる中、俺はハンドルを握り続けていた。


〈ワンダのスポンサーとして知られるアークブレイン社CEO、リオン・ライター氏。昨日、SNSにて彼はこう投稿しています〉


 助手席で頬杖を付き、カーラジオを見つめるサワさん。サングラスのせいで、その表情は上手く読み取れなかった。


〈我々は、サプライズを用意している。誰もが驚くような我が社の〉


 プツリと消されたカーラジオ。後部座席の暦がトロンとした目を開く。暦はきょろきょろと辺りを見渡し、隣に視線を向ける。タマ、ミケ、クロは相変わらず微睡んでいた。ラジオが切られようが切られまいが、三匹には何の関係もない。ペット用のシートベルトに守られ、フワフワのクッションの上で夢を楽しむ。


 ……はずだった。


 突然、暦達の後ろから泣き声が響き渡る。思わず飛び起きた三匹が見たのは、泣きじゃくる赤ん坊の姿。そして、必死に宥めようとする澄子さんと幼い兄だった。思い掛けない事に、彼女にとってカーラジオは子守唄だったらしい。突然の異変に、大暴れする小さな大怪獣。小さな母と息子は、太刀打ち出来ない脅威を前にあたふたするしかなかった。


 気まずそうに、サワさんがラジオを掛け直す。果たして、大怪獣は安堵を覚えたらしい。その小さな瞳がゆっくりと閉じ、再び愛らしい寝息を立て始めた。親子は肩をなでおろす。暫く、車内は何とも言えない空気に支配されるのだった。


「なんか、ごめん」


 沈黙がますます気まずかったのか、サワさんが申し訳無さげに口を開く。きょとんとした様子の息子を尻目に、澄子さんは苦笑い。


「二人共、プールが大好きなんです。パイレーツ・ベースにはスパ施設があるんだから、それでこの子も許してくれますよ」


 悔しい事に、俺の右腕には木野先生謹製の発信機付きブレスレットが光っている。


(今度、本当に休まなかったらもう治療せんぞ)


 演習を前にして、数日もの休暇。ブランクが心配だったが、ああ言われては八方塞がりだった。今、俺が考えるべきは木野先生にバレない鍛錬の仕方なのだろう。


「竜君、知ってるわよ」


 サングラスの下からの不意打ちが、俺の心にグサリと突き刺さった。


「暦ちゃんが言ってた。竜君、何とかして『サボることをサボろうとしてる』って。このワーホリ怪獣ヤルキングめ」


 ぎこちなく、サワさんにサムズアップを送る暦。だが、俺を咎めたその声は、完全なる『否定』とは思えなかった。


「……まぁ、気持ちは分からんでもないけどね」


 サワさんの視線が、再びカーラジオの方を向く。


「あの死の商人、何を仕掛けてくるかまるで分からない。司令、『神戸でやりたいなら当日まで秘密にしろ』って言われたらしくて」


 いつの間にか、その表情は警戒の色を帯びていた。


「あたしは空いてる時間に、出来るだけ情報を集めておくつもりよ。万が一ってコトもあるしね」


 真剣な表情で、サワさんは暦を見つめる。


「気を付けてね。この休暇は、ただの休暇じゃないかもしれない」


 暫しの沈黙。口を開いたのは暦だった。


「サワさん」


 暦は、俺達の思いを代弁した。


「……その肩紐は何」


 彼女の細い首には、ビキニの肩紐がきっちりと掛かっていた。


「……空き時間に、よ」

 

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