第二のパイロット編
第四六話 リオン・ライター
☆二〇二七年 八月一日
現地時間午後七時四〇分
アメリカ合衆国 ニューヨーク
かつて、世界に名だたる大都会の名を欲しいままにしたニューヨークも、今では変わり果ててしまった。煌めきを誇っていた摩天楼は無骨なトーチカへと姿を変え、塵に覆われた夜空の下で不機嫌に黙り込んでいる。
車窓から覗けば、私の瞳にはストリートチルドレンやホームレスが多く映った。その体は皆痩せこけ、太陽を奪われた寒さに震えている。アルガ事件以来、世界を苦しめるのは怪獣だけではない。深刻な食糧難と寒冷化もまた、何の罪もない人々を虐げているのだった。
「佐神司令、そろそろです」
運転手の言葉と共に私の前に現れたのは、あまりに巨大で、この時代にはあまりに似つかわしくない摩天楼だった。
☆現地時間午後八時
アークブレイン本社 社長室
豪華絢爛。私が抱いた第一印象を言語化するのならば、そのように表せるのだろうか。数百年の時を超えてきたであろう絵画に、一体いくらするかも分からぬペルシャ絨毯。シャンデリアの黄金の輝きが部屋を照らす中、血の如き赤き瞳が私を見据えた。
「遠路遥々、ご苦労」
リオン・ライター、四八歳。銘木のテーブルに頬杖を付き、世界一の武器商人は流暢な日本語で笑い掛けた。
「こちらこそ、京都の時はご苦労様です」
「良いんだ。あの時は、ワタシ自身が行きたかっただけだよ」
快音と共にシャンパンを開け、グラスに注ぐリオン。私は、その言葉をそのまま受け止めるべきかよく分からなかった。
「やはり、日本は素晴らしい国だった。我が社の商品を売るのに十分な市場がある。ワタシは、曽祖父以上に幸運に恵まれているらしい」
リオンの視線は、一人の老人の肖像画を向いていた。
〈Umbrella Lighter 1889〜1981 "Mr.Tri War"〉
「……あまり宜しくないジョークかと」
「そうかね? それは失礼した。だが、舞い上がるのも仕方ないだろう? 何せ、我が社の成績も最高潮なんだから」
シャンパンを飲み干し、赤の視線が要塞都市を見下ろす。
「一次大戦、二次大戦、そして冷戦。これらを上回るポテンシャルを、今の日本から感じるんだ。商人魂を燃やして何が悪いかね?」
やはり、私はこのスポンサーが苦手だった。一見穏やかでフレンドリーな態度の奥から、底知れない『黒』を感じる。
「おっと、長話が過ぎたね。そろそろ、本題に入ろう」
何はともあれ、私達は改めてテーブルに付く。
「ゼージスの話ですか」
「おおっ、察しが良いね」
リオンは、自らのグラスにシャンパンを注ぎながら続けた。
「神戸か、或いは南太平洋のエギロン・アルロム諸島。月末のゼージス演習、どちらかにすべきか司令官としての意見を問いたい」
シュワシュワと弾ける酒に鼻を近づけ、リオンは恍惚とした表情を浮かべた。まるで、休日にリビンクで寛ぐかのような様子だった。
「ちなみに、ワタシはスポンサーとして後者を推したい。あそこなら、『万が一』が起きても何も問題はあるまい」
万が一、その言葉が私の喉に引っ掛かった。
「コノミ、だったかな? もし、彼女が変な気を起こしても、あそこは無人島さ。最悪、核で吹き飛ばすなり後処理が効くからね」
その言葉は、それなりの正当性と妥当性を持っていた。もし、この議題において『正論』という物事『だけ』を重視するならば、私はこの判断を支持していただろう。
「何、安心したまえ。あそこは我々の島、故に演習の責任は我々が取る。君達は久し振りの休暇でも取るべきだ。私は味方を、『危険』には晒さない主義なのでね」
その時、リオンの視線が私のグラスへと向いた。
「そう言えばシャンパン、まだ口を付けてないようだな。……もしや、こちらの方が良かったかな?」
新たなグラスに、あまりに赤黒いワインが注がれる。私を見つめる赤の視線は、相変わらずにこやかだった。そして同時に、冷たい威圧感を放っていた。
「悪かった。こんな大変なご時世、酒が無ければ話せる事も話せまい。ここは一つ、シャンパンとワインで乾杯といこうじゃないか。判断は、それからで良い」
私は、この男の仮面の下を見た訳では無い。だが、 その『言葉』を『翻訳』するならば、こう表せるかもそれない。
『服従しろ』
暴力も誹謗もない、ただただ威圧感だけを湛えた脅迫。凄まじいプレッシャーの中、私はゴクリと息を呑む。
「さぁ、乾杯だ」
掲げられたグラスに、黄金の泡が光る。
「……あいにくですが、私は神戸を推したいと考えております」
一瞬、リオンの眉がピクリと動いた気がした。
「あなたのご心配は最もです。あの凄まじいまでの力は、最早戦略兵器の類にも匹敵するでしょう。当然、私も警戒しています」
私は、グラスを一人で飲み干す。芳醇な香りが鼻を突き抜ける、ただ美味しいだけのワインだった。
「……ですが、あなたの思ってる程コノミ、いや、津上暦隊員は怪物ではないのです」
不気味な程にこやかな表情に怯まず、私は続ける。
「彼女にはしっかりと心がありますし、彼女を大切に思う『家族』だっています」
それは、本当に単なる疑問なのか。リオンは再び口を開く。
「あまり、言いたい事が理解できんな」
私は咳払いし、隻眼でリオンを見据えた。
「津上暦隊員は、私の自慢の部下です。あなたの心配は、杞憂に終わるでしょう」
赤い視線が俯く。その時、私は確かにリオンの感情のほんの僅かな、だが確かな揺らぎを感じ取った。
「ははっ。ジョークを本気にせんで頂きたい。元々神戸のつもりだったさ」
その言葉を、何処まで信用するべきか。私は、リオンの紳士的な笑顔を警戒する他なかった。
「では、君の同意も得た事だ。我々は、『土産』の準備をせねばな」
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