第三一話 地底攻撃作戦
☆午前十時五〇分 パレス・ベース宿泊室
コクリコクリと、俺の隣で暦が微睡む。眠気に抗い、何とか意識を保とうとするが本能には敵わないらしい。瞳が完全に閉じると共に、小さな頭が穏やかな寝息を立てて寄り掛かった。
(この真っ直ぐな部分が、常識の方にも向いてくれればな)
休めと言ったはずなのに、昨夜は力尽き果てるまで動き回っていたらしい。曰く、ボランティア達の手伝いをしていたのだという。隊員として失格だと評するべきか、はたまた、人として合格を出すべきか。
「二人共ただいま」
不意に扉が開く。帰ってきたサワさんは澄子さんを連れていた。まるで親子のような身長差に、暦のとろんとした瞳が開く。その視線に気付いたのか、はたまた単純に緊張しているだけなのか。澄子さんの表情は何処か赤く、強張っているように見えた。
「弁当もらったんだ。早いけど昼飯いっちゃう?『腹が減っては戦はできぬ』って言うしね」
ビニール袋から弁当を取り出し、テーブルに四箱の非常用弁当を広げる。
〈軍用仕様 大岩喫茶
如何にも老舗らしい蓋を開ければ、スパイシーな香りが鼻を突いた。口に含めば、ピリリとした辛みとほんのりとした甘み、そして旨味の染み付いた柔らかな具材達が舌の上で暴れ出す。冷え切ったルーとライスだったが、実に美味い。戦の前の腹ごしらえには、勿体ない味だった。
腹も膨れ、俺達の間に会話が生まれる。勿論、話題は今回の作戦であった。
「今回、俺達は待機なんですか?」
「まぁ、ゼージスの到着がちょっと間に合わないんじゃね」
頬杖を付き、サワさんの視線が窓の外を向く。
発見から半日足らず。ヘリコプターやら戦闘機やらが現場の上空を飛び回り、戦車と隊員達が押し寄せるマスコミの群れを完全に封鎖している。
格闘と押し問答の奥で、作戦は着々と進んでいた。人を出入りさせながら、現場指揮のテント達が軒を連ねる。彼らは、まるでそこから目を離せない呪いに掛かったかの様に重機達が唸りを上げる様を見つめていた。
「教授さん、今回の作戦説明したげて」
小さな体に見合わぬ速度でカレーをかっ込んでいた手が止まる。澄子さんが顔を上げた。
「正確には、ボクの作戦じゃなくて司令の作戦ですがね。……あと、教授さんって呼ぶのやめてください。先輩の事、でか痴女教授って呼びますよ」
困り、呆れ果てる瓶底メガネの奥には、天才科学者としての知の光が輝いていた。
「今回の怪獣は防御力が高いっぽいんです。もし、地上に出てきたらゼージスなしじゃ大惨事になる事請け合いなしです」
カレーが余程美味かったのか。空の器から漸く顔を上げた暦の顔にはルーが少し付いていた。
「だからこそ、ボク達は奴が暴れ出す前に倒す事にしました。攻められるなら、こっちから攻めてやるんです」
現場の中心に、黒い鋼の射手は聳え立っていた。重機達の御膳立てをさも当たり前のように太々しく見降ろし、機械仕掛けの矢を番えて地中を狙っていた。
「対怪獣用超大型雷電槍射出装置井手試作型。兵装局では『ナガレ君』って呼んでます。見ての通り、超大型バリスタです」
澄子さんの声が段々と早くなってきた。心無しか、顔色も少し良くなったようにも見える。
「大質量を誇る砲弾たる大型槍には超強力な放電装置を搭載。深く刺さらなくても、象百頭だって軽く焼肉にできる電撃で絶対に仕留めるボクの自信作なんですよ。丁度、近くの基地で開発していた所を司令が採用してくれたのは、神というか何というか。因みに、開発経緯は」
臨界寸前の澄子さんを、サワさんがニコニコと手で制する。その様子はますます母と娘にしか見えなかった。
「あっ、すみません。要するに、電撃なら防御力無視で突破出来るんじゃないかって話なんです。硬い鎧も、すり抜けられたら意味がありませんからね」
シンプルでありながら、意外な程誰も気付かなかった作戦だった。壁を突破出来ないなら、裏をかく。灯台下暗しとはこの事だと、佐神司令が司令たる理由をひしひしと感じた。
「作戦開始時刻は正午きっかり。念の為、二人共ここで引き続き待機しててください。一応、正午半にゼージスも到着するって話ですから」
澄子さんは、恥ずかしげで照れたような笑みをサワさんに向けた。
「こんな大変な時に、楽しくなっちゃうボクって不謹慎ですよね。でも、自分の作ったもので誰かの命と幸せを守れると思っちゃうとつい」
笑うスーツの右袖には、ドングリのブレスレット。つい最近作られたのだろうか。どれもこれも、夏らしい新鮮な緑で彩られていた。
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