第三二話 ワンダの誤算

 ☆午前十一時五五分 パレス・ベース 司令室


〈重機班より報告、射程許容範囲までの掘削完了です〉

〈こちら広報局、周辺住民の避難誘導を継続中〉

〈開始時刻まで五分、報道陣の誘導を急げ〉


 大量の報告が舞い込む。通信班は次々と襲い掛かる情報と格闘し、これから始まろうとする作戦の準備を黙々と推し進めていた。

 

「九瀬先輩、そろそろですね」

「ええ」


 澄子の顔は再び緊張に張り詰めつつある。だが、それだけではない。先程の食事のリラックスが効いたのか、その表情の奥には『自信』が見え隠れしていた。


「先輩、さっきのボクみたいですね」

「そう?」


 言われて気付く。あたしの柔らかな頬が、冷や汗に濡れていた。


「大丈夫です。ボク達で止めますよ」

 

 その言葉に、司令もまた便乗した。

 

「井手君の言う通りだ。我々は、我々自身の力を信じねばならん。最も、信じすぎるのも考えものだがね。大学時代、パチンコに財布の全部を突っ込んだあの日の私と同じくらいにはな」

 

 真剣ながら、何処かユーモアがあるその言葉に少しその場が和んだ。澄子も、姫谷さんも、そして、木野先生でさえクスリという笑みを禁じ得なかった。

 

「言わせておけば……」


 笑い返してみたが、あたしの表情は自分でもびっくりするくらいぎこちない。まるで、澄子達とは違う『何か』に怯えているように。


(……あたしは、"何に"、引っ掛かってる?)


 時計の針が、二回進む。残り三分、もうインスタント麺も食えやしない。


〈報告、作戦準備完了しました〉


 司令の表情が引き締まる。


〈了解。作戦遂行を許可する〉


 時計の針が、一回進む。残り二分。モニターの中のナガレが重厚な金属音と共に動き出した。エネルギーを充填し、地中のターゲットへと照準を合わせる。


 丁度その時、あたしの掌に柔らかなハンカチの感触。


「大丈夫です、ボクの自信作なんですから」


 どうやら、手汗が凄かったらしい。あたしは、顔を赤くしてこくりと会釈した。こうして今まで澄子に抱いていた『後輩』のイメージは汗ごとハンカチに吸収され、拭き取られたのだった。


 ……吸収?


 時計の針が一回進む。遂に、カウントダウンが始まった。


〈五〇秒前、危険区域にいる隊員は、退避を急げ〉


 カウントダウンの中、あたしの脳裏で情報が暴れ出す。初めは、自分でも何が何だか分からなかった。吸収というその言葉に、あたしは何を見出したのかも。何故見出したのかも。


〈一〇秒前〉


 音を立てて加熱するナガレの姿に、司令室の全員がゴクリと息を呑む。だが、あたしが呑んだのは、皆とは違うものだったらしい。


 あたしの脳裏には、昨日のあの疑問が思い浮かんでいた。


(どうやってコイツは、電気を止めた?)




 瞬間、あたしは気付く。あたし達が犯した、致命的な判断ミスに……




「今すぐ止めてッッ!!」


 その言葉は、あと一歩遅かった。大地を貫く轟音があたしの言葉を掻き消し、モニターからの閃光に全員が思わず目を逸らす。


 地中からの雷鳴。円卓が細かく震え、あたし達は鈍い震動を感じる。


〈命中ッ!! 放電もバッチリです!!〉


 半ば興奮した報告が司令室に虚しく響く。全ての視線が、驚愕と困惑をもってあたしを見つめていた。


「先輩?」


 半ば怯えたような澄子の声。あたしは、直ぐに返事する事が出来なかった。


「間違ってたらごめんなさい。でも、凄く嫌な考えが思い浮かんだんです」


 司令室はますます静かな困惑に塗り潰されていく。あたしは、自分を恥じた。殺意さえ抱いた。


「正直、根拠はありません。あたしが思う『最悪』ができそうな怪獣は、『ほとんど』いないからです」


 あたしは、息を整え言葉を放り出した。


「……その数少ない『例外』の一つが、もしあいつだとしたら?」


 直後、静まった筈の大地がグラグラと揺れ始める。突然の地震にその場の誰もが立ち上がり、驚愕のまま口を開いた。


「な、何だ!? 命中したんじゃなかったのか?!」

 

 木野先生の叫びに、澄子は狼狽した怒鳴り声で返す。


「絶対に命中してます、放電装置だってバッチリ作動した筈じゃ……!!」


 いや、違う。『作動したのに』じゃない。『作動したから』なのだろう。混迷の中、フル回転するあたしの頭脳はそう結論付けていた。


〈こちら指揮キャンプ!! 何が、何が起こって!?〉


 直後、連続した閃光。劈く悲鳴と共に、モニターに砂嵐が吹き荒れる。考えるより先に、あたし達は揃って窓の方へと突進していた。


 割れゆく大地に、重機やナガレの巨体が飲み込まれていく。土煙と共に金属が軋み、キャンプが崩壊する中、鉱物的な背中があたしの目に飛び込んだ。


 閃光と共に、隊員達を結晶に覆われた重厚な四足が踏み潰す。体を震わせ、焼き焦げた巨槍の残骸を払い落とした鎧竜は全身を黒い結晶で武装していた。ぶつけられた電撃を奪い取り、蒸気と共に激しく迸らせるその姿を例えるなら『雷雲の擬竜化』と評するべきだろう。


「全部、あたしの責任です」


 震動と咆哮の中、立ち尽くす澄子を尻目にあたしは己の罪を告白した。


「あの怪獣、電気を吸収してたんです!! だから、停電もするし、攻撃も効かなかったんです!!」

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