第三〇話 討伐会議
☆午前五時 パレス・ベース 仮眠室
「九瀬先輩」
ドア越しに呼び掛ける声に目覚め、あたしは生返事。
「分かってる」
就寝から二時間。理想には五時間も足りない。あたしは起き上がり、頬を人指し指で押し込んだ。ぷるっとした触覚に、あたしは嘆く。こんな事を繰り返していたら、この自慢の肌もやがて消え失せてしまうだろうと。
……最も、真に嘆くべきはそうやって嘆く事さえこれから許されなくなるかもしれない事だろうが。
白衣を羽織り、軽く髪を直してドアを開く。果たして、あたしは軍服に身を包んだ背の低い女性と目が合った。
「ち、ちょっと、またですかその格好……!?」
あたしの谷間に赤い視線を向け、咎めるその表情は一見、真面目で恋多き女子高生…いや、下手したら中学生のようにも見える。果たして、彼女が二五歳と言って信じる者はどれだけいようか?
「熱籠もっちゃうのよ軍服は。こーゆう時は、いつもの格好の方がパフォーマンス出るからね、教授さん」
「ボクは、どうしてこんな先輩を持ってしまったんだろ」
そんな彼女の額は、緊迫の脂汗にしとどに濡れていた。
「大丈夫。あたし達で何とかするわよ」
連れ出しに来た筈の後輩を連れ出し、あたしは歩き出す。
☆午前五時十分 パレス・ベース 司令室
佐神司令は、戦いの日々に疲れ果てているのだろうか。それとも、死の商人という厄介な相手から一時でも逃げられた事に安堵しているのだろうか。その答えは、俯いた制帽に阻まれ見えなかった。
「停電の理由はまだ不明か。怪獣から出る特殊な磁気で発電機器が狂ったか、或いは怪獣が動いた震動で不具合が発生したか」
書類の諸説を吟味して、司令は口を開く。
「いずれにせよ、怪獣を何とかせねば話にならんな」
物々しい雰囲気の中、円卓からの視線達がモニターとあたしを貫いていた。
「現在、我々怪獣監視局は現場の封鎖及び、件の怪獣の監視を継続中。フィリップによる初動の解析及び、緊急の追加調査により一定のデータを集める事に成功しました」
封鎖された現場と行き交う戦車達が窓から覗く。モニターには、あたしが集めたデータが立体モデルとして浮かび上がっていた。
「体長は約四五メートル。種は同定出来ていませんが、レーダー反応から推測される体型や身体的特徴から考えるに、分厚く頑丈な皮膚で武装したかなりの重量級。恐らく、四足歩行であると考えられます。故に相応に防御力も高いかと」
画面が切り替わり、怪獣が吠える。頑丈な甲羅を背負いし巨大なサイか角竜とでも形容すべき怪獣は、荒れ狂う砲撃の嵐を諸共せずに重厚な四足をもって街を踏み潰していた。
「重角怪獣エメラプス。一九七二年のコンゴ共和国に出現し、高い防御力を武器にワンダを苦戦させました。そのタフネスと最終的に二〇〇〇人を超える戦死者を出した戦闘力から『悪夢の要塞』とも称されています」
円卓から右手が挙がる。木野先生だった。
「その怪獣を、何故ここで?」
どうやら説明不足だったらしい。あたしは付け足した。
「この怪獣の体長は四五メートル。四足歩行で重量級の体型である事も共通しています。相似とまではいきませんが、体型や体格の類似点から見てもこれからの作戦行動の参考には十分でしょう」
軍帽の下から、司令の鋭い視線が光った。
「問題は、奴がいつ目覚めるかだ」
画面を切り替え、あたしは続ける。
「先程の報告に基づけば、覚醒率は八〇%と推測されます。例えるなら、ほんの軽い居眠り程度でしょうか。早ければ、正午頃には覚醒するかもしれません」
司令の視線が、軍帽の影から窓の外を覗いた。
「ゼージスの到着までどの程度かかる?」
「怪獣発見時からギガント・ベースにて輸送準備を進めていますが、到着は今日の正午半頃になるとの事です」
嘆息。司令はぼやく。
「ひとまず、ゼージス抜きで考えねばな」
司令の言葉に、円卓の隅が焦燥の反応を示した。
「まずいな。我々の全力を持ってしても避難誘導が間に合うかだ」
整ったスーツと眼鏡を冷や汗で濡らし、彼は問う。
「もし、奴が今暴れ出したならば、どの辺りまでが避難対象になりそうだ?」
「恐らく、市内全域かと。エメラプスの例から考えても、激戦は避けられない可能性が高いです」
激戦。その言葉に、対策本部はますます緊迫の静けさを湛える。円卓に座る歴戦の猛者達さえ─いや、歴戦だからこそなのだろう。これから始まろうとする戦いに、恐れを成す事が『できる』のは。
「暴れ出す前に、というのはどうだ?」
突然の一声に、バラバラだった視線が一点に集中する。司令のその言葉はあまりに直球で、故に理解するのに時間が掛かってしまった。
「暴れ出す、前?」
静寂の中、緊張で震えた澄子の声が司令の真意を問う。
「考えてみたのだ。我々が恐れているのは、何だ?」
「……奴が、市街地で暴れ出す事?」
司令が顔を上げる。そこにあったのは、円卓の誰とも違った何処までも冷静な『指揮官』としての表情だった。
「予防こそ最大の治療という言葉がある。我々は、怪獣という『病』を『発症』してからの事ばかり考えていた」
徐々に顕になる真意に、まさかと誰もが動揺せざるを得なかった。そんな中、司令の視線は澄子を向く。
「暴れてから止めるんじゃない。暴れる前に倒すんだ。井手君、君の力を貸してほしい」
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