第十一話 津上暦
☆午後六時 天保山軍病院正面ロビー
「なぁなぁ、オレの足が急に治ったんだ」
「あんたも?」
「アソコも治らんかな」
泡のドームを窓から眺める傷病兵達。腕の負傷と取り調べで久々の連休は全滅。赤い顔のサワさんの横で、俺はただ申し訳なく包帯に巻かれた腕を携え、佇んでいた。
「……いい加減にしろ」
顔を上げれば、木野先生の姿。糸目の青年を従え、恨みと疲弊の視線を投げかける。
「ごめんなさい先生」
「やる事はやった。後は勝手にしろ」
先生は去り、青年は開口する。
「ここからは院長の
☆午後六時十分 天保山軍病院特別病室
エレベーターの扉が開けば、静かな廊下が現れる。病棟というよりは清潔な牢獄とでも言うべきか。
「ここですよ」
ガラス越しの表情は変わらない。少女は、べッドの上から点滴を静かに眺めていた。
「あれが、人を殺したんですか?」
にこやかに出された疑問に引っ掛かりを覚えながらも頷く。その様子に気付いたのか、サワさんは口を開く。
「何か分かったことってある?」
内藤さんは首を横に振った。
「何も喋ってくれない、いや、喋れないんですかねー。名前も本能も忘れてるってことです。まぁ、人間よりかは『怪獣』かもですねー。一条さんの証言もありますし」
嫌な表現だが、間違いではなかった。
「じゃあ、まだ名無し?」
少女のオッドアイがこちらを向く。今朝と変わらない無表情な瞳が俺達を見つめた。
「津上暦ってどう?」
「つがみ、こよみ?」
少女の疑問に、サワさんは続けた。
「フィーリング。別に嫌なら良いんだけど─」
少女は不思議そうに見つめ、やがて内藤さんに無表情な視線を向けた。
「わたし……津上暦はどうなるの?」
「取り調べらしいですよー。正当防衛と言え、怪獣寄りのあなたはまずいでしょーね。まぁ、やれる事はやると先生は仰ってましたが」
容赦ない『真実』を、暦は淡々と受け止めた。
「そう」
暦の視線は再び点滴へ戻った。
「じゃ、行きましょう。やるべきこともありますし」
去り際、俺は振り向く。
暦の姿は、人殺しとは思えない程純朴で、美しかった。
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