第十話 墓場と怪獣

☆五月十日 午前五時半 天王寺区 

 アルガ事件犠牲者共同墓地

 

城戸蓮キドレン 二五歳 大久保オオクボ市〉

東雲しののめひより十四歳 石堀イシボリ村〉

手塚淳テヅカジュン 四五歳 鱏犀エイサイ市〉

浅倉秀一アサクラシュウイチ 三二歳 由良ユラ市〉


 塵に覆われた空の下、静かに佇む汚れた墓石達。いつからか、大阪都を見下ろすこの丘は『墓地』になっていた。


〈坂田薫 十七歳 千代田区〉

「……ごめんな。彗星もピザも駄目だった」


 薫は、今日も俺に口を利いてくれない。せめて、執り成しがいてくれれば。だが、これ以上墓を建てるスペースは無い。


「ごめん、暗いよな」


 罪を背負い直し、気合いを入れる。立ち上がり、帰ろうと走り出す。

 

 不意に視界の隅で何かが動いた。振り返るが、何も無い。


 ……いや、違う。お供え物が食い散らかされている。最も、それ自体は良くある事。問題なのは、視界の隅に映った影だった。

 

 今、人間大の何かがいた。

 

「墓荒らし、だよな」


 恐らく、いや、ほぼ確実にそうだろう。だが、感じる気配は怪獣に近い気がした。


「……小型怪獣なのか?」


 懐に手を突っ込み、護身用のレーザーブラスターを構える。銃身がエネルギーを充填し、駆動音が響いた。


「誰か、いるのか?」




 よろりと姿を現した『何か』は息を切らしていた。少女の警戒した瞳が、俺を見つめていた。 


「……誰?」


ブラスターを下ろし、俺は自分を恥じる。少女は、気にするまでもなくゆっくりと瞳を閉じた。


「やっちまった」


 とにかく、まずは誰かに知らせよう。病院に空きはあるか。ないなら、木野先生に無理を言うしか無い。

 

 ふと辺りを見渡した時、俺は腕に如何にもな入れ墨を入れた三人組が歩いてくる事に気付く。


「よぉ、あんちゃん」


 金の鎖を首に掛け、スキンヘッドは陽気に話しかけた。対照的に、背後に控える下っ端二人は冷たく俺を睨みつける。


「何ですか」

「ワシらは挨拶しただけやんけ。怪楽会は挨拶が大事なんや」


 ヘラヘラ笑い、俺の肩に手を置く。

「で、ここからが本題や。ワシら人捜ししてるねん」


 スキンヘッドの視線は、少女を向いていた。


「ほら、幹部が酷い目あったちゅー話よ」


 それは、声の調子を変えない威圧だった。


「犯人は変な力使うガキらしいねんよ」


 三本の視線が少女に収束する。


「もちろん、疑ってるわけちゃうで。ちゃうけどな?」


 変わらぬ調子で言い放つ。


「そこの嬢ちゃん、念の為貸してくれへん?」


 俺は三人に手招きし、少女から引き離す。笑顔が、真顔に変わった。


「あー、そういう感じか」


 三つの銃口が俺を狙う。


「安い葬儀屋、家族さんに紹介しとくわ」

 

 咄嗟に跳ぶ。銃声と共に目の前の墓石が貫かれ、硝煙と火花が散る。頬を掠め、鮮血が飛んだ。


「なっ!?」


 大地を蹴り、体を屈めて鉄の嵐へ飛び込む。次の瞬間、右拳がぶくぶくと太った腹に突き刺さった。肋骨を砕かれ、吹き飛んだスキンヘッドの巨体が、勢いよく地面を転がる。


 狼狽する片割れの顔に肘打ちを食らわせ、返り血を浴びながら首をロック。咆哮し、全身の筋肉に任せて豪快に振り回し、もう一人の腹をハンマーが如く打ち据えた。


 地に伏す三人。ブラスターを構えるが、動かない。


「……何だ、こいつら」


(犯人は変な力使うガキやったらしいねん)

 灰色の髪と透き通るような白い肌、そして白黒のオッドアイ。変わっているが、それだけだ。


 ブラスターをしまい、俺は眠り続ける少女へ向き直った。

 

 乾いた銃声。焼かれるような激痛に悲鳴を上げ、俺は崩れる。思わずおさえた片腕。生暖かい鮮血が、表も裏からも滝のように流れていた。


「は、ははっ。狸寝入りや、油断したなぁ」


 灼熱の中、ぼやける視界。冷や汗塗れの顔が嘲笑い、硝煙燻る銃口は少女を狙う。


 最後の力を振り絞り、大地を蹴る。朦朧とする意識の中、俺は少女の前に立ち塞がった。決死の覚悟は覇気として漏れ出し、激しく吹き荒ぶ。スキンヘッドは思わず青褪め、冷や汗は脂汗へと変わっていく。


 ─だが、ただそれだけだった。限界を迎えた俺の身体は、意志に反して地面に跪く。


「な、なんや、怪獣かお前!?」

「それなら、お前の方だろ─!!」


 スキンヘッドの瞳には怒りと恐怖、そして、どこまでもドス黒いケダモノの感情がグチャグチャに渦巻いている。身の中で荒れ狂う激情に、トリガーに掛かった指がブルブルと震え出した。


「や、やかましい、やかましい、やかましいわっ!!」


 狂乱気味に叫び、震える銃口が俺の命を刈り取らんと黒く輝いた……




 瞬間、今にも凍り付いてしまいそうな寒気。それは、何の前触れもなく俺の背後から襲い掛かった。

 

 振り返った時、ただ静かな表情と目が合った。恐怖も悪意も怒りもない、ごく普通の顔。

 

 だが、そこにあったのは『何処までも白く、故に何処までも黒い虚無』。意味不明だが、こう表現するしかない。賭けても良い。俺はこの一秒を絶対に忘れられないだろう。


 断末魔に我に返れば、炎に包まれ藻掻き苦しむスキンヘッドの姿。


「な、なんやこれ!? 嫌や、嫌や、ああっ!!」


 目を覚ました下っ端達が選んだのは悲鳴と迷いなき逃走。絶望と苦痛の中、スキンヘッドは叫び、手を伸ばす。少女の表情は動かない。ただ淡々と塵となりゆく姿を見届け、瞳を閉じる。


 墓地には、唖然とした俺と弱った少女が残された……

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