気象:。欠(きしょうてんけつ)
るろうに
気象:。欠
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高橋が卓上に置いたコーヒーのカップを横目に、僕の視線はパソコンのモニターに釘付けになっていた。
「さっきの授業、大変でしたね」
「それ。みんな句読点なんてどうでもいいって言うんだよね。句読点がないと文章が区切れないのに」
僕は眉間に皺を寄せた。小学校教師、特に国語の教師である僕にとって、昨今のSNSブームはまさに大敵だ。
小学1年生ですらSNSを駆使し、一種の生活インフラとまで化した現代社会において、言葉というものは常に変化するものだ。一日もすればよく分からない造語が生えてくる。
「高橋、見てこれ」
「うん?なんですか?」
僕は画面上に表示されたSNSのコメントを指さした。
『あーまじで明日のテストだるすぎ 学校なくなればいいのに』
『あの政治家うざいよね 早く辞任してほしい』
「普通の投稿ですね」
「でもさあ、なんか足りなくない?」
僕は右手の人差し指をくるっと回し、円を描いた。
「句読点。特に句点がない」
「あー確かに……」
高橋は顎に手を当て、納得したように頷いた。
「でも、もう仕方なくないですか?SNSのコメントに文法を求めるのもなんか違いますし」
「こういうのを放っておくと小学生が影響を受けるんだよ。現に作文の句読点も減ってきてるし」
僕は背もたれに背中を預け、天井を見上げた。
――まさか、ここまでとは……。
「こういうのに警鐘を鳴らしていかないと、後々大変なことに……って話聞いてる?」
高橋に目をやると、彼はまるで上の空のように窓の外を見つめていた。
「あれ、なんでしょうか?」
「あれ?」
「ほら、あの丸いの……」
――丸いの?
疑問に思い、僕も窓の方を見た。
そこに広がっていたのは、予想だにしなかった光景だった。
丸くて、黒い物体が、雨のように天から降り注いでいたのだ。
「ひょう?」
僕は急いで席を立ち、窓を全開にした。
黒い"なにか"は地面に衝突すると、ゴムボールみたく勢いよく跳ねた。
よく見ると、中央に穴が空いていた。
―――――
それからというもの、異常気象はほぼ毎日のように起こるようになった。不思議な雨は日本中に降り注ぎ、排水溝を詰まらせ、様々な災害を引き起こした。
当然ながら、各界の研究家が東京にかき集められ、日夜原因究明に努めた。だが、一週間、二週間経っても原因は分からず、まさにお手上げ状態となった。
『この天気いつまで続くんだよ いい加減外出たいんだけど』
『あー退屈で死にそう』
学校も休校になった今、僕はなにをすることもなく、ただ家で読書感想文の評価を黙々と進めている。
『このほんはとてもおもしろかったです またよんでみたいです』
『このこのきもちがよくわかりました たのしかったです』
「また句点がない……」
僕は途方に暮れた。僕がどれだけ指摘しても、句点が付く気配はない。
そんな時だった。僕を呼ぶ声がした。
「お父さん、また仕事してんの?」
それは、高一の娘の声だった。
「学校は休みでもこういうのは進めないといけないからね」
「ふうん、そうなんだ」
思春期特有の愛想のない返事が耳を刺す。
「ところでさ、こんな話知ってる?」
「うん?なに?」
そう言って娘が見せたのは、とあるSNSの投稿だった。
『今降っているのは句点だ!句点を使わない我々への神の罰だ!』
「句点?」
「そう、句点」
奇妙な話だった。いくら句点を若者が使わないとはいえ、こんなことが起きるなんて非合理的だ。
「こんなこと起きるわけないじゃない」
「でも、見た目は一緒じゃない?」
――確かに言われてみれば……。
でも、あまりにも変な話だ。
―――――
私の世代にとって、句点とは邪魔なものだ SNSに投稿する時も基本的に句点など付けないし、それが常識だ 付けたら変人だとか堅い人間とさえ言われる
昔、こんなSFがあった なんでも捨てられる穴にゴミを大量に捨てていたら、いつしか空からそのゴミが落ちてきて……なんてショートショートだ
だから、もしこの雨が捨てられた句点の逆襲だったとしても、そんな変な感じはしない
――でも……
私はスマホを片手にベッドの上に寝っ転がった
「いまさら、どうしろっていうの」
私が今から句点を使い始めたら、この句点雨はなくなるのだろうか いや、多分そんなことはない
だが、ここ最近のタイムラインに句点使用派が出没するようになったのも事実だった
『句点を使え。使わないと大変なことになるぞ』
『文章をしっかり終わらせろ。物語にも終わりは必要だ』
「うざ……」
――終わりってなんだろうか
その瞬間だった 外の雨音が急に激しくなった
思わず外を見ると、句点雨の量がさっきより明らかに多くなっていた もはやベランダ一面を句点が埋め尽くし、道路には川ができようとしていた
――もしかして、句点雨はこの世界を"終わらせようとしている"……?
そんな思考が頭をよぎった
―――――
『ねえ、
『うん?なに?
『ちょっと付き合ってほしいんだけど』
『急にどしたん』
『いいから』
私は親友の葵に、最寄り駅に来るように伝えた 幸いにも、句点雨は量は増えても次第に細かくなってきていて、傘をさせば出かけられるサイズにはなっていた
駅に着くと、既に葵は到着していた 私に向かって手を振っている
「お待たせ!葵」
「もう、遅い!」
「あはは、雨が激しくて」
葵がはぁ……とため息を吐く
「で?呼び出してどうしたの?」
「私、試したいことがあって」
「試したいこと?」
私はスマホの画面を葵に見せた SNSのタイムラインが所狭しと表示されている
「なんか変なことない?」
「ないけど?」
「ほらよく見て」
私はスマホをさらに押しつけた
「句点がないでしょ?」
「あー確かに?」
「私さ、この雨は句点だと思うんだ」
葵が露骨に首を傾げる
「く……句点?あの丸いやつ?」
「そう……この雨は使われなくなった句点の逆襲なんだよ、だから」
私はスマホにフリック操作で打ち込んだ
「みんなも句点を使おう……まるっと」
「まる?」
「句点」
送信ボタンを押す。瞬時に投稿は送られた。
「なんか変わった?」
「……わからない。でも」
「でも?」
「心なしか、気分が軽くなった気がする。気持ちがちゃんと区切れたような……」
――そうだ。気持ちが、軽くなったんだ。
文章をちゃんと区切ることで、自分の終わらなかった気持ちにちゃんと終止符を打てたんだ。
私は地面に落ちていた句点を拾い上げた。
「葵も、ちゃんと句点付けようよ……まる」
「なにそれ」
葵は微笑んだ。ちょっとの滑稽さと、大きな爽やかさが混ざっている。
「ほら、気分が軽くなるよ、まるっ」
「ま……まる」
「ほらもっと勢いよく!まるっ!」
句点雨はまだ勢いよく降っていた。だけど、心なしか止むような気がした。
気象:。欠(きしょうてんけつ) るろうに @rurouni2025
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