4 善人扱いされると、痒い

それから数日後のこと。

市場通りは夕暮れどきが一番うるさい。

果実の匂いと魚の匂い、加えて商人の声……俺には雑音にしか聞こえないが、頭の中を整理したい時には、こういう場所を歩くのが1番だ。


そんな中、不意に呼び止められた。


「ラーニョ公爵閣下!」


声の方向を見ると、果物の屋台の中から一人の女が手を振っていた。見覚えがある。……ルドヴィックの屋敷にいたあのメイドだ。


「あの時は本当にありがとうございました! 公爵様にいただいた金貨で屋台を買えて……こうして店を出せました!」


屋台には艶のあるリンゴやオレンジ、季節の果実が並んでいる。

隣には少年が立っていて、女の袖を掴んでいた。息子だろう。


俺は眉をわずかにひそめた。


「別に助けた覚えはない」


「それでも、あのままでは……大変な目に遭うところでしたから。ありがとうございました。こちら、お礼に少し持って行ってください!」


女は慌ててリンゴとオレンジを紙袋に詰めて差し出してきた。

息子がそれを見上げながら、遠慮なく喋る。


「母さん。この人が悪い奴から助けてくれた人なんだね? 本当にありがとう、おじさん!」


俺は完全に固まった。


(……いや、おじさんじゃないし……俺はまだ二十歳だぞ……口の利き方がなってない)


少年は続けた。


「公爵様って、すっごく偉いんだよね? なのに、僕たち平民の味方をしてくれるなんて、めっちゃめちゃ良い人だ!」


 少年の声に、周りの商人たちがざわつき始める。

「公爵様……平民を助けるお方……救世主様?」


(うわー、最悪だ……俺が救世主なわけないだろ)


「……勝手に決めつけるな。俺は助けたわけじゃないぞ」


迷惑そうに顔を顰めると、少年の目がさらに輝いた。


「わかった! 本物の英雄って、自分の手柄を自慢しないんだよね?」


(違うって。なんで俺が英雄なんだよ。最悪だ……)


 まわりに屋台を構える店主たちからも、野菜やら干し魚に、燻製肉をつめた紙袋を手渡され、俺はしぶしぶ受け取りながら、深いため息をついた。


「公爵様、これを召し上がってください」

「公爵様は俺たちの守護神だ!」

「ありがたや、ありがたや……!」


(……来た。喉の奥がザラつく。背中がムズついて痒い。これが一番嫌なんだよ)


「……ああ。もう、面倒くさい。褒め言葉や感謝なんて聞きたくもないんだが」


少年は満面の笑みのまま言った。


「うちのお店へまた来てね!」


(まったく……こんなところで商売されたら、通る度に絡まれるじゃないか! 俺のお気に入りの散歩道のひとつなのに……そうだ! 他へ行ってもらおう)


「幼い子を抱えて屋台なんかで働いてはいけない。ちゃんとした店を商店街に構えろ」

 俺は財布の中身を全部、女の屋台の上にぶちまけた。これでさすがに足りるだろう。

「足りなきゃ、屋敷まで取りに来い。いいか? 店を構えたら、二度と俺に声をかけるなよ」


「……な、なんてお優しい……大天使様」


「違っ……俺は悪人なんだぞ!」


 市場の奴らのキラキラとした瞳が、たまらなく俺を居心地悪くさせる。ますます、体が痒くなってきた。そう、俺は感謝されたり、善人だと言われると痒くなってくるんだ。

 

(あぁ、蕁麻疹がでそう……いったい、どこで間違えた? 感謝されてる時点で、俺は雑魚だ)


俺はたくさんの紙袋を両手に持ち、その場を後にした。


「……くそ、大天使とか最悪だ。俺の修行が足りないな。……次だ次、中途半端な悪は潰しまくらなきゃな……」



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