3 side王:弟が意味不明 

 翌日の午前、国王の前に宰相が立った。


「陛下。ルドヴィック・シモンが亡くなりました」

 

「は? ルドヴィックは、つい数日前も見かけたが、元気だったぞ」


「検屍官の診断では、顔を殴られたようでして鼻の骨が折れていたと。しかし、死因は不明だそうです。骨がおかしな方向に歪み、もがいた形跡があったとか……しかし目立った外傷は顔だけでして……不思議な現象だと」


「そうか……」


「ですが……そのぉ……ラーニョ公爵が目撃されておりまして。門番の証言もありますし、メイドの証言もあるのです。メイドに至っては、『目も覚めるような美貌の赤い瞳の男性が、ルドヴィック様に乱暴されていたところを助けてくださり、さらには大金までくださいました』と感激している始末でして。市井で言いふらしているようです」

 宰相の声には、わずかな困惑を押し殺した響きだけがあった。

 

「……ふーん。あいつ、また派手にやったな。スパルタコを呼んでくれ」


「はっ、御意」


 やがてやってきた、長身で鍛え上げられた体の弟に、私は早速、尋ねた。


「昨夜、ルドヴィック・シモンが亡くなった。死因は一切わからない。顔以外は目立った外傷もなく……だが、骨がおかしな形状になっていたそうだ。ところでお前、あの屋敷に行ったよな? まさか……」


「あぁ。死因は俺に決まってるだろ?」


 何の躊躇もなく、即座に答える弟に、思わず目を見開いて呆れてしまう。


(少しは隠すそぶりぐらい見せないか……こいつは、アホなのか?……)


「なぜだ? 理由は?」


「あぁ。悪を極めるために邪魔だった」


「……は? よくわからないが……私の弟とはいえ、これは殺人だぞ……」


「ほらよ。ルドヴィックの悪事を証明する証拠だ」


 スパルタコは、よくまとめられた数々の悪事を箇条書きにし、証拠書類とともに私に投げた。


 拾い上げて目を通すと、よくもここまでと思うばかりの不正の数々。そこには部下の殺害証拠まで含まれていた。


「悪の質が悪いんだよ。胸くそ悪くなるタイプのやつな。だから潰した。それだけさ。しかもあいつは、一番気に入らないことを言いやがった」


 私が顎で先を促すと、スパルタコはさも嫌そうに整った顔を歪め、吐き出すように言った。


「この俺に『……金ならあります。兄上も社交界で影響力がある。協力し合いましょう、閣下。うまくすれば……あなた様を王位に就かせることもできますよ?』などと言いやがった。俺を舐めやがって。男の美学を追求しているのに、国王なんてものに興味があるわけないだろ」


 私はマジマジと弟の顔を見つめる。

 私と同じ赤い瞳は王族の証。

 金髪の私とは違い黒髪のスパルタコは、顔だけ見れば相当な美形なのだが、頭の中は実に残念な男だ。


 しかし、私にとっても国にとっても、こいつは使える。


「お前に褒美をやろう」


「いや、いらない」


「まあ、そう言うな。お前は悪を極めたくて悪を滅ぼすんだろう? だったら、良い物をやろう」


 私は侍従に、王家の紋章入りの紙を持ってこさせた。

 これは透かし模様になっており、偽造はできない。

 本来はこんなことのために作ったものではないが、今の状況には、これ以上ないほど都合がいい。


「ほら、これをやる。お前が成敗した者たちの上着にでも挟んでおけ。そうすれば、お前の行動は王家の裁きとして扱われる」


「めんどくさいな……」


「いいから、持って行け。悪でもなんでも極めていいから……その代わり、そいつらの罪はきっちり報告しろよ」


 そのとき、メイドの声が廊下から響いた。


「陛下。出来たてのチュロスを持ってまいりました」


 スパルタコはぴたりと動きを止め、くるりとメイドに顔を向けた。王宮のコックが作ったチュロスは、子供の頃からのこいつの好物だ。一瞬だけ口元が緩む。本人は無自覚だろう。


「お前のために作らせた。持って行け」


 私がそう言うと、弟は一瞬だけ目を細め、素直に頷いた。

 紙袋に詰めたチュロスを受け取り、ひと口かじりながら踵を返す。


「やっぱり、のチュロスは最高だな! じゃあな、兄貴!」

 

(王宮を“実家”呼ばわりするのはやめてほしい。なんでこいつはこんなに自由人に育ったんだ? 同じ親から生まれて似たような教育を受けたはずなのだが……)

 

 その背中を見送りかけて、嫌な予感がして声を張る。


「おい、王家の紋章入りの紙を忘れるな!」


 スパルタコは立ち止まり、テーブルに置かれた紙の束を無造作に丸め、かじりかけのチュロスの包み紙にしようとする。


「おい、待て……用途が違う。紙が油でベタベタになるだろうが」


「どうせ悪人の上着に挟むとか、シャツにねじ込むだけだろ? 俺は気にしないし、奴らも気にしないさ」

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