【第3章: 記憶獣の巣窟】
大学のカフェテリアで昼食を取っていた悠真は、フォークを置いてスマホを眺めた。剣道サークルのグループチャットに、昨日の練習の写真が上がっている。自分が竹刀を振る姿——リエルから共有された剣術の記憶が体に染みついたおかげで、構えが自然で美しいとみんなが褒めてくれた。拓也からのメッセージ。「悠真、今日の午後練来れる? キャプテンがお前の新技見てみたいってよ」。悠真は笑顔で返信した。「もちろん! 最近調子いいんだよね」。
エコリアの影響は確実に現実を塗り替えていた。自転車通学の記憶を燃やした代償で、現実ではもう自転車に乗れなくなっていたが、それ以上に得たものが大きかった。運動神経の向上、集中力、そして何より——人と繋がる自信。講義でも手を挙げて発言するようになり、教授から「最近、目に見えて成長したね」と声をかけられた。孤独だった日々が、遠い過去のように感じられる。
午後の講義を終え、アパートに戻るとすぐにベッドに倒れ込んだ。「今日は早く転移したい……リエルとセラに、大学の話もっとしたいな」。目を閉じ、渦潮を呼び寄せる。慣れた感覚が訪れ、世界が溶けるように変わる。
──エコリア、平原の続き。旅を始めて二日目の朝だった。
悠真が目を開けると、焚き火の残り火が小さく揺れ、リエルが朝食のスープをかき回していた。セラはまだ寝袋にくるまり、いびきをかいている。朝の空気は冷たく、遠くの山脈に朝日が当たって金色に輝いている。
「おはよう、悠真。今日も早いな。」リエルが振り返り、微笑んだ。「現実でまた大学か? 共有で少し感じたけど、剣道の練習の記憶が流れてきたぞ。お前、みんなに囲まれて嬉しそうだったな。」
悠真は寝袋から起き上がり、伸びをした。「おはよう、リエル。おかげさまでさ。昨日、現実で剣道サークルの練習あったんだけど、新技が決まってキャプテンに褒められたよ。みんなで写真撮ったりして……共有で伝わった?」
リエルはスープを器に注ぎながら頷いた。「伝わったよ。お前の笑顔、久しぶりに明るかった。大学生活、どんどん楽しくなってるんだな。羨ましい……俺はこんな旅ばっかりで。」彼女の声に少し寂しさが混じる。
悠真はリエルの隣に座り、スープを受け取った。「リエルも一緒にいたらもっと楽しいのに。いつか現実の世界に連れて行きたいよ。カフェでケーキ食べたり、大学のカフェテリアで一緒にご飯食べたりさ。」
リエルは顔を赤らめ、目を逸らした。「……ばか、そんなの無理だろ。転移者はお前だけなんだから。でも、想像するだけで嬉しいよ。共有で、お前のカフェの記憶見てるから、味まで少しわかる気がする。」二人は自然に手を触れ合い、軽い共有が起きる。悠真の現実の温かさがリエルに、リエルの旅の疲れが悠真に伝わる。
そこへセラがむくりと起き上がり、大あくびをした。「おお、おはよう。お前ら朝からイチャイチャか? へへ、俺の記憶ないから嫉妬しねえけどな。さあ、今日も北へだぜ。共有民の村まであと一日ってとこか。」
朝食を済ませ、三人は荷物をまとめて出発した。平原は次第に岩場が増え、道が険しくなる。風が強くなり、遠くで記憶獣の鳴き声が時折聞こえる。
歩きながら、悠真がセラに聞いた。「セラ、昨日言ってた地図、もう一回見せて。共有民の村の近くに、記憶獣の巣窟があるって書いてあったよね?」
セラはリュックからくしゃくしゃの羊皮紙を取り出し、広げた。「おう、これだ。俺が昔……いや、記憶ないから誰かからもらったんだろうな。ほら、ここに×印。『大巣窟、危険』って書いてある。村の手前にある洞窟群だ。迂回すれば安全だけど、一日余計にかかるぜ。」
リエルは地図を覗き込み、眉をひそめた。「迂回した方がいい。巣窟に近づくと、獣の群れに襲われる。大規模なやつだと、数十匹はいる。」
悠真は少し不安になった。「数十匹……俺たち三人で大丈夫? でも、時間短縮したいよね。ヴォルドの儀式がいつ始まるかわからないし。」
セラがにやりと笑った。「おいおい、悠真は強くなったんだろ? 現実の剣道でキャプテンに褒められてる男だぜ。へへ、俺の勘だと、巣窟の端っこを通ればいける気がする。」
リエルはため息をついた。「セラの勘は当たらないことで有名だよ……でも、悠真が決める。お前の意見は?」
悠真は少し考えて答えた。「……端っこを通ってみよう。慎重に進んで、危なくなったらすぐ引き返す。現実で剣道やってる時、チームで連携取る練習してるから、三人でならなんとかなる気がする。」
リエルは少し心配そうだったが、頷いた。「わかった。お前の現実の記憶、共有で感じてるよ。仲間を信じる気持ち、強いな。じゃあ、行くぞ。」
正午近く、三人は巣窟の近くに到着した。地面が岩だらけになり、巨大な洞窟の入り口がいくつも口を開けている。周囲の空気が重く、記憶の渦潮が乱れているのが肌でわかる。遠くで複数の咆哮が重なる。
セラが小声で言った。「やべえ、でけえ巣窟だ。獣の気配が濃いぜ。端っこを這うように進もう。」
三人で身を低くし、岩陰を伝って進む。だが、運命は残酷だった。セラが踏んだ小石が転がり、大きな音を立てた。
瞬間、洞窟から黒い影が大量に飛び出してきた。記憶獣の群れ——三十匹はいるだろうか。すべて半透明の体で、目が渦潮のように回転し、牙を剥いている。
リエルが叫んだ。「囲まれた! 悠真、セラ、背中合わせに!」
三人は円陣を組み、武器を構えた。悠真は拾った枝を剣に見立て、リエルの共有剣術を最大限に引き出す。セラは短剣を二本、リエルはナイフと小さな盾。
獣が一斉に襲いかかる。悠真は借りた記憶で三匹を斬り払うが、数が多い。「リエル、燃焼しないと持たないよ!」
リエルは頷き、自分の「幼い頃に母親と過ごした市場の記憶」を燃やした。小さな炎の嵐が周囲を焼き、十匹近くを退ける。「くっ……母親の笑顔が、薄れる……でも、生きなきゃ!」
セラが笑いながら戦う。「俺、記憶ないから燃やせねえ! 勘でいくぜ!」彼の動きは意外に鋭いが、徐々に傷が増える。
悠真は必死に剣を振るう。「このままじゃ全滅だ……もっと大きな燃焼を!」獣の牙が悠真の肩をかすめ、血が流れる。痛みが現実のように鋭い。
リエルが叫んだ。「悠真、逃げ道を作れ! お前が一番動きがいい!」
悠真は頭の中で記憶を探った。大切なもの……現実で失いたくないもの……。決まった。
「リエル、セラ、俺が道を開く! ついてきて!」
悠真は深く息を吸い、意志を集中した。「燃やす……初めて自転車に乗れた日の記憶!」
頭の中で鮮明な映像が浮かぶ。小学校の校庭、父親(まだ家族が崩壊する前)に補助輪を外してもらい、風を切って走ったあの感覚。達成感、自由、風の匂い——すべてが炎に包まれ、灰になる。
瞬間、悠真の体が爆発的に加速した。足が地面を蹴り、風を切る音が鳴る。まるで音速に近いダッシュ。獣の群れを突き抜け、道を切り開く。
「今だ! こっち!」
リエルが悠真の背中に飛び乗り、セラも必死に続く。悠真はリエルを抱えたまま、岩場を駆け抜ける。風が耳元で唸り、体が軽い。だが、同時に喪失感が胸を締めつける。
「風の感覚……もう、思い出せない……自転車の乗り方、全部なくなった……」
巣窟を抜け、安全な丘まで逃げ切った。三人は地面に倒れ込み、息を荒げた。
リエルが悠真の肩を抱き、傷を手当てしながら言った。「ありがとう、悠真……あの燃焼、すごかった。お前の大切な記憶だったろ? 共有で、少し感じたよ。自転車の風、自由な気持ち……ごめん、俺のために。」彼女の目には涙が浮かんでいた。
悠真は苦笑いした。「いや、君たちを守るためだよ。現実に戻ったら自転車乗れなくなるけど……まあ、歩けばいいさ。それより、生き残れた!」
セラが大笑いした。「ははは! 悠真、化け物だぜ! あんなスピード、見たことねえよ。現実の大学で走ったら、陸上部にスカウトされるな!」
悠真は空を見上げた。「現実で……自転車、乗れなくなるのか。でも、剣道はまだ残ってる。みんなとの時間は、失ってない。」
リエルがそっと悠真の手を握った。「お前の犠牲、忘れないよ。共有で、いつも感じてる。お前の現実の変化、俺も力になってるんだな。」
セラが立ち上がり、「さあ、共有民の村まであと少しだ。今日のことは、いい思い出……じゃねえな、怖い思い出だ! へへ、行くぞ!」
夕暮れ時、三人は再び歩き始めた。悠真の肩の傷は痛むが、心は満たされていた。失った記憶の代償は重いが、代わりに得た絆と成長は、それ以上に大きい。
現実に戻った夜、悠真はアパートで自転車に乗ろうとしてバランスを崩した。「……やっぱり、乗れない」。でも、笑顔で歩き出す。明日も大学で友達が待っている。エコリアの旅が、現実を、より強く、より豊かに変え続けていた。
旅は続く。共有民の村が、すぐそこに。
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