第2話 災害級ダンジョン

会社の正門を抜けたとき、なんとなく涙がこぼれそうになっている自分に気がついた。

「なっ、なんで俺が泣かなきゃいけないんだよ……」

目に溜まった水分を指で拭った。

それでも目はまだ潤んでいるらしく、景色が滲んで見えた。

まだ泣いてんのか俺は……。


いや、違う。

この滲んでいるように見える景色は、空間の歪み。

ダンジョンの出現の前触れ。

大丈夫か? 他に人は……夜、この時間だから一般人はいないと思うけれど……。

この歪みがそのままダンジョンとなった場合、人が居たらどうなるか。

……まだ遠い。それに、まだ前兆段階だ。

時間的な猶予を確信し、走る。

建物の裏になってよく見えない。

人はいるか? いないならそれでいい。

走る。

どうだ、人は…………。


瞬間だった。

歪みが増幅してそのままダンジョンが生成されたらしい。

俺は裂けた空間に放り込まれる。

「人はいなかった……良かった……」

落ちながら呟いた。


「…………」

それにしても落ち続けている。

深すぎる。

今までに味わったことのない恐怖が支配していく。

「これは……死んだかも……」

時間の流れが永遠に感じられるほど深く落ちていく。

これほどのダンジョンは、歴史的に見てもそうないだろう。

焦燥感が襲う。

一方で冷静であれ、という気持ちが強くなる。

俺はなんとかできる。

俺は大丈夫。


ライセンスに書かれた能力は、リーダーにさえ見せなかった。

これを知っているのは一部の人間のみ。

あの人事担当のおじさんは知っていたかな。

『孤立補正』

一人になったとき、初めて俺の能力は覚醒する。

どうだ、俺、力が湧いてきたんじゃないか。

ほら、さっきチームからクビを言い渡されたばかりだ、今こそ「孤立している」んじゃないのか。


そのとき、やかましくない程度の電子音が胸元で鳴った。

第一に返却するのを忘れていた、ステータス確認用の携帯端末だった。


【能力値】

筋力 E→AAA

反応速度 E→S

魔力値 測定不能


『孤立補正』発動。


「強くなりすぎだな……」


そのとき、大きく空いた穴の底から竜の姿が迫ってくるのが見えた。

「さすが反応速度アップ。この距離でもわかるか」

地中深くにいるとされている、通称ストーンドラゴン……。

能力者、ことにダンジョン攻略者たちの間で話題になっていた、いわゆる「八竜」のうちの一つ。

詳細はまったくわからないが、「八竜」なんて冠がついている以上、相当強く恐ろしいやつなんだろう。

しかし、実物を見たこともなければ、画像なども見たことがない。

伝説、というよりもおとぎ話に近い存在だ。

見た目だけの判断。

岩、とりわけ玄武岩のように見える肌を持った竜、というだけ。


「やってみるか……」


空気を蹴って更に深く落ちる。

落ちる、というよりも吸い込まれる。

むしろこちらが吸い込んでいるかのように奥へ進む。

石の粒が浮遊していて危ないが、すべてかわした。


実体が見えた。

あまりにも大きい竜。

そしてかろうじて竜の形に見えるだけで、本当に岩だと思った。

のんびり観察していたわけではなかったが、そんなことを考えていると爪が飛んできた。

危なげなく避けた。

また空を蹴り竜の懐に潜り込む。

どこが弱点だ?

どこが一番効く?

いや、面倒だ。

さっきまでの情けない自分、なかったことにしたい屈辱。

すべてぶつける。


上から下へ、両手を組んでハンマーのように振り下ろす。

岩のような皮膚はその瞬間だけよくある爬虫類と同じように冷たく、そして柔らかくなった。

一気にストーンドラゴンは奈落の底へ落ちていく。

俺は反動で空へ飛んでいく。

公式な出動ではないから、討伐かどうかのアナウンスはなかった。

それに手応えもない。

仮に本当の八竜だったとしたら、こんな程度で沈むはずがないと思った。


地上に向かいながら眺めていると、どうも騒がしい。

赤色灯の回転か、赤が明滅していた。

拡声器のノイズがかった叫び声みたいなものが聞こえる。

「……災害級ダンジョンです! 下がって! 近寄らないでください!」

警察が規制を張っているようだ。

確かに近づかないほうがいい。

よりによって八竜(仮)の巣穴がここにできるとは……。

何か違和感があったが、それよりも色々な感情があってどうでもよくなった。

安堵、達成、生の実感。

単純な喜びはあまりなかった。

心が震えるような感覚だ。


穴から惰性で飛び抜けた。

すとんと着地が決まった。

「……え?」

「誰?」

「人が出てきた……」

周囲をこのダンジョンに吸い寄せられたかのように人々が囲んでいた。

ざわめきは快感ではなかった。

「あなた、何者ですか? 今、ここから出てきましたよね?」

警察官の質問が飛んできたが、答える気にはなれない。

その代わりと言ってはなんだが、情報だけは伝えておかなければという正義感が耳かきの匙ほどあった。

「ここは……巣穴でしたよ。きっと……八竜のね」

「は? はちりゅうですか?」

それきりにしてその場を去った。


しばらく警官が追ってきていたが、すべてかわした。

これも能力のおかげだ。

追っ手を巻いたと確信して、やっと一息ついた。

空を見上げて文字通り息を吐こうとしたとき、詰まった。

黒い球体、電光掲示板のようなものがついている。

その中心にはカメラのレンズがあり、俺の姿を捉えているらしかった。

「配信中」

その文字が右から左に流れていく。

ラーメン屋の看板、居酒屋の看板、遠い記憶が呼び出される。

こんなのは最近見なかったが……。

「センスねえな。なんだよ、全部見られてたのか……」


===


《こいつ、追放されたやつじゃね?》

《一撃だったな……》

《本当は強いのか??》

《似てるけど、違う人じゃないの?》

《髪の毛が違う。あいつは黒だった》


===


【災害級ダンジョン都内に出現】

・災害級ダンジョンアラートが発報

・被害者はなし

・討伐、攻略の公式出動はなし

・一人の男性が巻き込まれ、そのまま討伐した模様

・アーカイブはこちらから


ニュースサイトでもトップで特集を組んでいるようだった。

自分の映っている動画を見直すのはちと悪趣味かと思ったが、一応見てみることにした。

「なんなんだよ……これは」

映っているのは間違いなく自分だった。

しかし、髪の毛の色が違っていた。

普段の髪の毛は黒かったが、この映像では真っ白であった。

「カメラの写り方の問題か……?」

光の反射が激しくて、黒が白になることはあるだろう。

それにしても、白すぎる。


「参ったなあ……」

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