第8話 リナ

 片方の足がない獣人の奴隷。

 本人と直接話をする了承をフォルンからとった。

 俺は柵の外から一歩だけ近づいた。近づきすぎない。

 距離は心理的なプレッシャーにつながるからな。それに、噛まれるとわかっていて、近づくのも嫌だ。

 触れない距離から俺は彼女を見つめる。


 囲いの中の少女、リナは、寝台に半身を起こしている。

 白に銀を混ぜた髪は肩まで届くが、乱雑に切られてたせいで毛先が不揃いだ。耳にかかる髪が、白狼の耳を半分だけ隠している。

 俺の行動に合わせて耳が僅かに揺れたが、本人は無表情を崩さない。悟られたくない、という癖が染みている。

 瞳は琥珀色。疲労で霞んでいるのに、焦点が合った瞬間だけ獲物を見るみたいに冷たい。鋭いというより、判断が早い、という方が適切か。

 白い肌には、鎖痕や刃傷、火傷の跡が点々と残っている。どれも治療の途中で止まった傷。首元には刻印型の奴隷首輪。

 右脚は膝下が欠け、断端は包帯と粗い添え木で固定されている。

 服は汚れた薄布のワンピースに近いものと、擦り切れた外套だけ。尻尾は本来ふさふさなのだろうに、毛並みが荒れていた

 栄養不足のサインだ。

 ただ、満身創痍の体つきなのに、目が死んでいない。

 俺は息を整え、静かに口を開く。


「俺はケイト・アルノードだ。リナ、君に聞きたいことがある」


 リナはすぐ答えない。俺の匂いを読むみたいに鼻先がわずかに揺れ、耳が一度だけ動いた。それから短く吐き捨てる。


「近づくな。噛む」


 フォルンが肩をすくめて「ほらね」とでも言いたげに笑った。

 俺は動じない。距離は保ったまま、言葉を短くする。


「分かった。近づかない。仕事の話だ」


 リナの目が、ほんの僅かに細くなる。仕事、という単語に反応した。


「……性奴隷として契約を持ちかけるのなら、噛むぞ」


 俺はフォルンの方に目をやる。


「旦那様、うちは合法の奴隷商店で、こんな怪我をしてますがこの娘は戦闘用の奴隷なんです。もともと護衛を仕事でしていたこともあって」


 なるほど、片足のない戦闘奴隷に価値はない、ただ、買おうとする客は貴重な白狼族を性奴隷として見る。

 でも、この娘の合意がないと性奴隷としては売れずに、さらに反抗的な態度もあって売れ残っているのか。


「性奴隷としてではない。戦闘用の奴隷としてだ」


 リナの耳がぴくりと動いた。無表情を続ける。


 俺は一つずつ、短い問いを投げる。


「護衛はできるか」


「できる」


 即答。迷いがない。だから逆に、嘘にも聞こえる。

 俺は次に行く。


「その右脚の状態で、どこまで動ける?」


 リナの視線が一瞬だけ足の代わりにつけられた添木に落ち、すぐ戻る。


「……走ることはできない」


 誤魔化さない。そこは好材料だ。裏切るやつは必ず嘘をつく。

 俺は一拍置いてから、核心へ寄せる。


「俺は狙われてる。街中で常に守ることはできるか」


 リナは俺を見たまま、しばらく黙った。

 値踏みの時間。

 それから、唇だけ動かす。


「できる。……でも条件がある」


 俺の胸の奥が少しだけ跳ねた。条件を言う相手は、交渉ができる。つまり、壊れていない。

 俺は短く言った。


「言え」


 リナは眉を僅かに寄せかけて、途中で動きを止めた。

 視線が、俺ではなくフォルンに向く。

 琥珀の瞳が一瞬だけ冷えた。さっきまでの警戒とは違う、もっと露骨な嫌悪だ。白い耳が僅かに伏せられ、すぐ無表情に戻る。だが、呼吸が浅くなったのが分かる。

 フォルンの前では言えないのか。

 フォルンは笑顔を貼り付けている。

 俺は視線をフォルンへ移した。


「少し、2人で話させてくれないか?」


 フォルンが肩をすくめる。


「旦那様、噛まれても私は知りませんよ?」


「ああ、責任は自分にあると明言しよう」


 エルドが一歩だけ前に出て、さりげなく俺の死角を消す。ゴドーは黙ったまま扉側に回り、店員の動きも視界に入れる。

 フォルンは「ご自由に」とでも言いたげに片手を上げ、少し距離を取った。ただし、何を話すのかを確認はしている様子だ。

 俺はリナに近づき、柵に手をやった。

 噛まれる距離だ。


「……今なら話せるか」


 リナは俺を見た。フォルンとの距離を確かめるように一度だけ耳が動き、それから短く言う。


「……ここじゃ、言えない」


 俺は頷いた。


「なら、場所を変えれるか確認しよう」


 俺はフォルンに向けて手を上げる。


「奥の控え室でもいい。ここより静かな場所を貸せ」


「おや。丁寧ですねぇ」


 フォルンは口元だけ笑ったが、目は計算している。ここで断れば売れ残りが確定する。売れ残りはリスクだ。だから断らないはず。


「いいでしょう。旦那様の顔を立てます。ただし、逃げないでくださいね」


 言い方は柔らかい。だが、目つきは真剣だ。


「そんな、非合理的なことはしない」


 フォルンが店員に顎で指示を出し、薬草の匂いのする通路の先、簡素な小部屋に通された。椅子と机だけ。窓は小さい。外は見えない。ここなら聞かれにくい、丁度いいだろう。

 リナは支えを借りて、ゆっくりと入ってきた。

 右脚の断端に痛みが走るはずなのに、顔には出していない。

 俺は扉の前に立ったまま、言う。


「ここならどうだ」


 リナは一度だけ頷いた。

 エルドも部屋の外で待つように指示する。扉を締めると部屋には俺とリナの2人だけ。外の気配を確認すると、リナは言葉を絞り出した。短い。切る。だが、核心だけを投げてくる。


「私には妹がいる」


 その瞬間、目が揺れた。ほんの一瞬。すぐに冷たい焦点に戻る。


「ここに連れて来られて、ひと月くらい。それまで、ずっと一緒に暮らしてた」


 拳が小さく握られる。爪が掌に食い込むのが見えた。


「お前の奴隷になる条件は1つだけだ」


 俺は黙って聞く。


「妹を探して助けてほしい」


 声が少しだけ震えた。震えた直後、リナは自分でそれを殺す。強がりが、痛いほど分かる。


「それが叶うなら……なんでもする」


 そして、最後に自嘲気味に吐き捨てた。


「……といっても、片足はない。できることは限られてるがな」


 俺は息を吐いた。

 新たな条件がでてきたため、改めて考えをまとめ直す。

 条件は明確だ。取引としては分かりやすい。

 妹を探す――それは護衛どころか、長期案件。危険だし金も相応にかかるだろう。対して俺は今、支店の立て直しの資金すらおぼつかない。

 目の前のこの少女は、1つだけの条件として妹を探すことを出している。

 ……条件というのは、絶対に裏切らない強い理由にもなりえるな。


「妹の名前は」


 リナの耳が僅かに揺れた。揺れを隠そうとして、顎が固くなる。


「ミア。13歳だ」


「どうやって離れた」


 リナの瞳が冷える。痛みを思い出した目だ。


「護衛の仕事だった。……ただ、おそらく我々、白狼族を狙った罠だった。襲われて、私は脚を失い、気づいたら別々だ」


 なるほど。

 貴重な白狼族を狙った罠か。十分にありえるな。


「今、お前が知ってる妹の手がかりは?」


 リナは一瞬だけ目を逸らした。


「ない。でも、生きてると信じている」


 悔しさが滲む。彼女が唯一隠しきれない感情。

 その言い方が、答えだった。

 俺は静かに頷いた。


 合理的に考えろ。

 奴隷と約束を交わすこと、これをなんらかの契約にすることができれば?

 約束を守れるような設計すれば、こちらも条件をつきつけれるのでは?

 契約とはそういうものだろう。

 俺はリナを見る。


「もう一度確認する。お前は、俺を守れるか」


 リナは迷わず言った。


「守る。……その代わり、妹を探せ」


 取引としては、これ以上なくシンプルだった。

 俺は目を閉じずに、答えを返す。


「分かった。契約成立だ。ただし、条件を詰める。俺は今、金がないからできることから順にやる」


 リナの耳が僅かに動いた。警戒の動き。でも、拒絶ではない。

 俺は続ける。


「まずは、お前を買うかどうかを決めるために、奴隷契約の中身を確認する。次に、妹の情報を集める計画を作る。妹にたどり着くまでに時間がかかるかもしれないが、それでいいか」


 リナは短く言った。


「……いい。逃げるな」


 当然だ。

 契約する以上、逃げはしない。

 俺は小部屋の扉を開け、フォルンに言った。


「話は済んだ。契約の話をしよう」


 フォルンが、にやりと笑った。


「さあさあ。商売の時間ですね、旦那様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で奴隷少女と、乗っ取られ商会を再建します――合法の嫌がらせを正しさで潰す 炭酸水 @piko4989

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画