第7話 白狼族の少女

 訳あり奴隷の紹介場所として案内されたのは店の奥。

 外の喧騒が遠のき、空気がひんやりする。薬草と湯気の匂いが混じっていて、ここが売り場というより療養の場所であることが分かる。

 檻というより、区切りだ。

 寝台が置ける囲いが並び、桶と水差し、包帯と薬草が揃っている。

 フォルンが、ささやくように言う。


「表に並べにくい個体を、ここで寝かせてます。旦那様のほしい掘り出し物があるかもしれません」


 俺は視線を順に奥へ向ける。

 そこで、耳が先に見えた。

 白い耳。ふわりとした白銀の髪。


「白狼族、か」


 ケイトの記憶が、つぶやきとして漏れ出た。白狼は珍しい。数が少ない。勘が鋭い。夜目が利く。森でも街でも気配を拾う。護衛としての適性が高い――だから値段も高い。


「お客さん、素晴らしい奴隷に目をつけましたね」


 フォルンが、そこを逃さずに価値を語る。


「白狼はいいですよ。希少です。勘が鋭い。匂いと足音だけで、嘘や気配を拾う個体もいる。夜の見張りで差が出る。護衛としては一級品の種族です。本来ならこんな場所にはいない。貴族向け種族で」


 つまり、ここにいる時点で訳ありってことだ。

 フォルンは、値段を先に置いた。


「金貨2枚」


 俺の心臓が、軽く跳ねた。

 どんなに頑張っても金貨2枚まで。まさに上限。

 だが、貴族向けであるはずの白狼族が金貨2枚とは、とんでもない欠陥があるのだろうか。

 俺が黙ったままでいると、フォルンは決め手を続ける。


「しかし、旦那様。ここからが本題です。よく見てください」


 囲いの中、寝台に座っている獣人の少女。

 年は10代半ば。白銀の髪は丁寧に梳かされているのに、毛先が少しだけ乱れている。灰青の瞳は大きく、熱がまだ引ききっていないのか、濡れた硝子みたいな光を宿していた。

 顔立ちは整っている。だが、可憐さより先に“静かな頑固さ”が目に来る。黙っているのに、目だけで「近づくな」と言っている。

 右脚は、膝から下がない。

 包帯が巻かれ、傷口はきれいに処置されている。痛みが残っているはずなのに、表情にそれを出さない。代わりに肩と背筋が張っている。逃げ道を測っている姿勢だ。

 耳がぴくりと動いた。

 俺が息を吸った、その音に反応したみたいに。

 ……勘が鋭い。

 フォルンが、わざと軽い声で言った。


「欠損です。足だから用途が狭い。戦闘でも労働でも不利。買い手は嫌がります」


 俺は目を逸らさず、彼女を見る。

 白狼族の貴重さ。護衛適性。希少性。

 足がないと自力で移動もできない。致命的な欠損だ。

 とはいえ、観賞用としてそばに置きたい貴族もいそうだが、この値段。


「ただ、それだけだと良いのですが……」


 やはり、売れない理由は足の欠損だけじゃないということだよね。


「おそろしく反抗的です。噛みます。正直貴族あいて売ろうとすると、店の格が落ちてしまいます」


 少女の視線が、フォルンを一瞬だけ刺した。

 その刺し方が、鋭い。人に慣れていないんじゃない。人を敵として見る視線だ。


 売れると思って仕入れたのに、とんだ大損だとフォルンは白狼族の奴隷に向かって冷たくいっている。

 そして、フォルンはこちらの目を見て、微笑んだ。


「でもね。こんな訳ありの奴隷でも、もともと護衛をしていたこともあり、戦闘能力は高かったようですよ。旦那様ならうまく使えるのでは」

 

 俺は心の中で頷いた。

 俺は少女の目を見続ける。視線を外さない。試すように、怖がらせない距離で。

 すると、少女の耳がもう一度動く。

 鼻先がわずかに揺れた。匂いを読む仕草。俺の体温と汗と、薬草の匂いの差を拾っている。

 ……観察してるのは、俺だけじゃない。

 フォルンが、少しだけ身を乗り出した。


「旦那様。今日、ここで決めるなら――」


 甘い香水が、ほんの少し濃くなる。


「金貨1枚でもいい。他で帳尻を合わせますよ」


 こんなことを言い出す男には見えなかったが、値切りの余地を先に出してきた。

 もしかしたら、他に売らないといけない理由があるのかもしれない。

 こんな奴隷商人を信用するはずはないが、金貨1枚は、現実的な線。

 飛びつきたくなる。


 俺は息を吐き、心を落ち着かせる。

 合理性を欠くけつだんをしてはいけない。

 頭の中で冷静に言葉を組み立てた。

 金貨1枚、十分予算内だ。

 そして、白狼族の護衛適性。

 ただし欠損がある。しかも反抗的だ。

 買うなら、条件を詰めて、契約で縛る。口約束は信じない。

 俺は視線をフォルンに戻した。


「この獣人の名前は?」


「呼び名は、リナ」


 少女――リナは、俺をまっすぐ見返してきた。


「本人と話をしてもいいか?」


 フォルンは一瞬だけ迷った顔をした。商品に口を開かせるのは、余計な火種にもなる。だが、不良在庫のようなこの少女が売ってしまいたい気持ちと揺れているのだろう。


「……いいでしょう。ただし、手短にお願いします。あと、噛まれても私は知りませんよ。これまで、何度も噛んでしまって苦情がきてる。前もって言いましたからね」


「わかった」


 少女は警戒心を隠さない。

 俺は息を整え、静かに口を開いた。

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