第5話 奴隷商店

 馬車の扉が開いた瞬間、空気が変わった。

 人の声が幾重にも重なり、金属が触れ合う乾いた音、獣の匂い、香辛料の甘さ、汗の酸っぱさが混ざって鼻を刺す。市場の熱気だ。

 俺は外套の襟を少し立て、視線を低めに保った。貴族の顔で歩けば、それだけで的になる。

 エルドが先に降り、周囲を一度だけ見回す。ゴドーは俺の一歩後ろ。工具袋が腰で小さく揺れた。


「旦那様。通りは人が多いですので、立ち止まるのは最小限に」


「わかった」


 俺は頷き馬車から降りようとした。

 一瞬、体が少しこわばる。狙われた直後なのだ、仕方ない。安全を確保するために行くのだと言い聞かせ、馬車から降りる。

 王都の通りは、人が多すぎて逆に安全だった。

 馬車を降りる場所も、エルドが選んだ。裏路地に近づかない、角を曲がる回数を減らすなど、ルートが考えられていた。

 目的地は、市のために集まった店じゃない。人通りの絶えない大通りを通って、目的の建物の中へ滑り込む。

 一般市民向け、合法の奴隷を扱う商店だ。

 看板は派手じゃない。だが許可印が刻まれ、入口に係が立っている。入店の名前を書く台帳もあって、空気は露骨な裏稼業というより、嫌になるほど「きちんとした商売」だった。

 俺は外套の襟を少し立てたまま、エルドに小さく聞いた。


「ここが一般向けの店か」


「はい。王都で買うなら、ここが表向きに奴隷を売買している商店となります」


 エルドの言い方が現実的すぎて、逆に納得する。

 入口の係が声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。ご用件は」


「見物だ。護衛向けを中心に」


 俺が言うと、係の目が一瞬だけ値踏みするように鋭くなり、すぐに接客の目へ戻った。


「承知いたしました。中へどうぞ」


 扉をくぐると、外の喧騒が急に遠のいた。

 店内は明るく、きれいに整えられている。エントランスは客で賑わっている。

 その横で、エルドが淡々と補足した。


「この王都には、店が3種類あります。一般向けの合法店。貴族向けの私設店。そして国営の企業向けです」


「国も奴隷を扱うのか」


「はい。国営は土木や鉱山、街道整備などの労働向けが中心です。護衛のような用途は一般向けか貴族向けでしか扱っておりません」


 国の事業としてインフラ整備に奴隷を使うのは、合法的だな。こんな世界だから、当然にある程度の危険も伴うだろうし。


 つまり、俺が欲しい戦闘もできる奴隷は、このようなちょっと良い商店で取り扱っている奴隷か貴族向けということだな。

 貴族向けの奴隷は以前ならまだしも、今の状況だと買えるはずがない。


 店の奥から、香水の甘い匂いがふわりと来た。

 安心を売る匂い。それが一番嫌だった。

 その匂いと一緒に、男が出てくる。

 小太り気味で肌つやがいい。手は柔らかそうで、指輪が多い。笑顔は営業用。瞳の奥だけが冷めている。清潔感があり礼儀正しい、妙に商人らしい佇まいだ。


「いらっしゃいませ。ここ王都で奴隷商を営んでおります、フォルンと申します。初めてのお客様でしょうか?」


 口調は軽い。だが心が入っていない。

 エルドが口を開きかけたので、俺は視線だけで止めた。

 俺が話す。


「初めてだ。今日は護衛を見に来た」


 腹の底を探られないよう、ポーカーフェイスを装う。


「ああ、それは結構。護衛は高い買い物です。だからこそ、失敗しないように、おすすめの奴隷をご案内いたします」


 フォルンが指を鳴らすと、奥から助手が出てきた。


「値段だけ見ると、わがままなのを掴みます。腕だけ見ると、噛むのを掴みます。護衛はそのどっちも最悪ですからね」


 さらっと言う。冗談みたいな顔で、現実を混ぜる。


「では、紹介しましょう。どれも正式な書類が整っている正当な奴隷です」


 胡散臭い笑みを貼り付けたフォルンが、色々と説明してくれる。

 堂々と安心として売ってくる。なるほど。

 俺たちは一見客。一般市民よりもいい身なりをしているため、ふっかけられるかもしれない。一方で、信用も商売に大事、ぼったくられたと評判が立ってはいけない。

 だから、それなりの値段で、それなりの質のものを紹介してくるはずだ。ここでの反応で、どれだけ金が出せるか見極めるつもりだろう。

 こちらは、奴隷の質と相場を学ぶとしよう。

 最初に出てきたのは、人間の男だった。20代後半。肩幅があって、傷が多い。目が鋭い。立ち姿に、戦いの癖が染みついている。


「元傭兵。腕は確かです。即戦力ですよ。ただし、傭兵していたものの特徴として、主人の器を試すことがあるかもしれません。言うことを聞かせるのに、主人もそれなりの腕がいります」


 フォルンは欠点から言った。信用を得るための手口だな。


「お値段は金貨5枚」


 金貨5枚。俺の頭の中で換算を始める。

 この世界において、一般市民は1ヶ月銀貨10〜15枚で生活している。銀貨20枚あれば余裕のある暮らしができる。銀貨100枚、つまり金貨1枚もあれば、半年は暮らせる金額だ。

 提示された金貨5枚は、一般の暮らしで2年半分。

 護衛1人に生活費2年半分か。高い。でも、死んだら元も子もない。


 2人目も人間の男。30歳前後。派手さはないが、姿勢がいい。目が落ち着いている。さっきの傭兵ほど危うさがない。


「元衛兵でございます。規律で動けるので護衛向きです。ただし、突出した強さはなありません。守りに徹するタイプです」


「いくらだ?」


「金貨3枚。堅実な護衛の値段ですね」


 突出した特徴がない代わりに、価格も尖っていない。

 1人目の男が護衛として妥当なレベルと考えていいだろう。


「なるほど。こちらが護衛としておすすめ、ということですね。」


 支店の運営資金が減っている中で、これは安くない。だが、冒険者を毎日雇えば、これ以上に溶ける未来もある。

 大体の相場はわかった。落ち着いて、合理的に考えてみよう。

 買い切りのコストと、継続のコスト。基準は、どっちが生存可能性が高いかで比べる。

 フォルンが、最後に笑った。目だけ冷たいまま。


「迷って当然です。命は大事ですからね。予算もあるでしょうが、ケチるとろくなことにならない。金で命も買えるのですよ」


 この男、信用できない。

 でも、商売は信用じゃなく、条件で縛るものだ。

 俺は視線をフォルンに戻した。


 感情に流されるな、合理的に考えろ。

 今、この男が信用できるかは問題じゃない。

 優先すべきは、奴隷が俺たちを裏切れない形にできるか。こっちの都合で一緒に歩かせても不自然じゃないか。

 特に奴隷の権利が認められている中で、護衛として裏切らないことは重要だろう。最悪、契約によっては見て見ぬふりをされるリスクもあるということだろう。

 俺は言葉を選び、あえて淡々と告げた。


「俺が欲しいのは、強さだけじゃない」


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