第3話 奴隷という選択肢
「エルド。俺は、身を守ることを最優先にしたい」
エルドの目が僅かに鋭くなる。反対はしない顔だ。
「賢明でございます」
「先日の誘拐の件、助かったのは運もあった。だが、敵を恐れて引きこもり続けるわけにはいかない。店を回す以上、俺が外に出る必要がある。だから、ちゃんとした護衛が必要だ」
エルドは頷く。
「同意いたします。支店の者だけでは、限界がございます」
「護衛を雇う方法にはなにがある?」
エルドは迷わず答えた。
「短期間であれば、冒険者が現実的でございます」
冒険者。
頭の中で単語が転がる。ファンタジーの定番だと夢見心地な一方で、現実的な案として納得もできる。
「冒険者は雇えるのか。ギルドを経由するのか?」
「はい」
エルドは淡々と説明する。
「冒険者ギルドは、討伐や護衛、採取などの依頼を仲介する組織です。依頼主はギルドに条件を出し、ギルドは受けられる冒険者を紹介する」
「裏切ったりしない保証は?」
「基本は契約で縛ります。評判と実績で選ぶ形です。ギルドが全責任を負うわけではありませんが、悪質な冒険者は登録を剥奪されます。ゆえに、一定の抑止にはなります」
なるほど。完全な保証じゃないが、無法地帯よりはマシってところか。評判メカニズムが働く分、合理的だな。
「護衛の相場は、どれくらいだ?」
エルドが一瞬だけ言葉を選ぶ。言いづらい時の癖だ。
「旦那様、正直に申します。今の支店の手元金では、まともな護衛を継続して雇うのは難しいです」
空気が重くなるが、俺は頷いた。予想通りだ。
「日雇いで雇っても、毎日続ければ固定費になる。しかも俺は狙われてる。安価で済ませたら、意味がない」
「はい」
エルドの声に、悔しさが混じる。
「良い冒険者ほど高い。高い冒険者ほど、依頼も途切れません。護衛といった依頼は敬遠されやすい」
「狙われてる店の護衛だし、本店と揉めてる可能性もある。面倒事だということか」
俺が言うと、エルドは小さく息を吐いた。肯定だ。
合理的に考える。
今の状況において、護衛=コスト、ではない。護衛=生存の前提条件。つまり、費用対効果で考えてはいけない。必要なコストとして捉えないといけないものだ。
ただし、金がないなら解が変わる。
俺はエルドを見る。
「短期なら雇えるのか。例えば、数日だけとか」
「可能です」
「ただし、ギルドに支払う依頼料が必要で、支店の資金をさらに削ることになるな」
「左様でございます」
俺は顎に手を当てかけて、フル回転で整理する。
護衛は必須。だが継続雇用は無理。短期なら可能。
ならば、短期の護衛をつなぎとして使い、その間に、支店の防御と、資金繰りを改善するのなら、可能性はある、か。
これは、現実的ではないな。ただ、条件は知りたい。
俺は口を開いた。
「分かった。冒険者ギルドの場所と、依頼の最低条件を教えてくれ。だが、他にも選択肢を考えたい」
「承知しました、旦那様」
エルドが頷く。俺は呼吸を整えながら、頭の中で理想の状態を組み立てた。
理想は二段構えだ。
まず、護衛に守ってもらえること。ただ、四六時中守ってもらうのも限界がある。
そのため、次には、俺自身が身を守る術を身につけることも必要だ。
最悪、見て学べればいい。教え方が下手でも、問いを立てて、分解して、仮説検証していけば、やるべきことは見つかる。
俺はエルドを見る。
「エルド。俺は、今……どれくらい鍛えられている?」
エルドは即答できなかった。視線が一瞬だけ泳ぐ。言いにくい答えの時の癖だな。
「剣でも、体術でも、護身でもいい。俺は何か身につけているか?」
「旦那様は……学ばれておりません」
なるほど。ゼロか。
頭の中に、自分の年齢が浮かぶ。
今の俺は18歳くらいだ。
若い。身体も伸びる。可能性しかない。
社会人になってから33歳までコンサルとして生きた自分ならよくわかる。
18歳からまともに学べば、大抵のことは身に付けられる。
伸び代しかない。
だが、可能性や伸びしろでは「今日、殺しにくる脅威」を防ぐことはできない。
自然と手に力が入る。
握った手を眺めて考える。
「そうだったな。だが、俺も自分の身を守れるくらいの術を身につける必要があるだろう」
今の俺に必要なのは、格好いい剣術じゃない。今日を死なないための最短ルート。
武器を扱ったことがないなら体術か?いや、鍛えてないとかえって自分がダメージを受ける。殴るって痛いからな。
なら、武器か――短剣ならまだ扱えそうか。
狭い場所でも振れる。携帯できる。最悪、逃げながら使える。護衛が持っている可能性が高い。
だが、誰に習う?
冒険者か?いや、資金が続かない。
護衛として雇って、ついでに教えてもらうか?いや、条件が難しい。数日鍛えてもらって覚えられるほど容易いものではないだろう。
それこそ、年単位の鍛錬を覚悟しなければならない。
俺が黙って考え込んだのを見て、エルドが口を開いた。
普段より少しだけ、慎重な声だった。
「旦那様。護衛と鍛錬を兼ねるなら、獣人奴隷という選択がございます。もし資金に余裕があれば、ですが」
獣人奴隷。
単語が胸に落ちる。
啓斗には馴染みがない。奴隷という単語が重い。
俺は反射で言いそうになった言葉を飲み込んで、質問に変えた。
「理由を聞かせてくれ」
エルドは、あらかじめ用意していたのか言葉を整えて話す。
「人間の奴隷で腕が立つ者は、元傭兵や荒くれ者が多いです。奴隷に落ちた理由も、だいたいが前科や裏の因縁です。護衛として腕は立つでしょうか、扱いにくいでしょう」
「危険だな」
「はい。逆に、金がなくて奴隷になった者は、荒事ができません。護衛は無理でしょう」
論理は分かる。両極端だ。
エルドが少しだけ声を落とした。
「ですが獣人は、事情が異なります。種族として身体能力が高い。戦える者が最初から一定数おります。しかも――」
「しかも?」
「人間社会では弱い立場です。ゆえに商品として扱われます。奴隷になる理由が、腕前ではなく出自であることが多い」
俺は息を吐いた。
合理的ではある。
そして、俺の中のケイトの記憶が、別の感触を連れてくる。市場の匂い。鎖の音ではなく、視線。諦めた目。諦めていない目。奴隷もさまざまだと教えてくれる。
俺はゆっくり言った。
「護衛として奴隷を買う、か」
「旦那様が望まれるなら、いずれ雇用に変えることも」
エルドはそこで言葉を切った。簡単に言えることじゃないと分かっている。
俺は目を閉じて、頭の中で条件を並べる。
理想は、身を守ってもらえる。学べる。最悪、見て学べる。
……くそ。気分のいい選択肢ではない。が、感情で進めず、ここは合理的に考えなくては。冷静に情報を整理する必要はありそうだ。
俺は目を開けて、エルドを見る。
「分かった。候補としては理解した。冒険者護衛の短期案と、獣人奴隷の案。どっちが現実的か、数字や課題で比べたい。できれば、現状も含めてまとめてくれ」
エルドが深く頷く。
「承知しました、旦那様。今の置かれている現状、奴隷の市場の相場とギルドの依頼金、すぐに整理いたします」
俺は小さく頷き返した。
まずは生き残る。
そのために、選択肢を綺麗事じゃなく、手順として並べる。俺のやるべき仕事は、そこからだ。
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