第5話 なぜ手配士になったのか(1)
私は、何も持たなかった。
能力も、力も、特別なものも。
周囲の誰もが、何かを操ることができた。
剣を振るう者、火を放つ者、風や光を操る者。
祈りによって運命を変える者もいた。
なのに、私だけ。
子供のころ、私は何度も自問した。
「なぜ、私だけ持たないのか」
問いを口にしても、答えは返ってこなかった。
誰も、理由を教えてはくれなかった。
父は、時折そう言った。
「人は、役割を持って生まれるものだ」
私は、その意味を理解できなかった。
言葉の響きだけが、耳に残った。
だが、心には届かなかった。
学び舎――学校のような場所――では、私は目立たなかった。
授業中も、休み時間も、ただそこにいるだけだった。
誰かに遅れを取ることも、注意されることもあった。
しかし、非難されることは決してなかった。
それは、存在が薄いことを意味していた。
誰にも覚えられず、誰にも期待されず、誰にも求められず。
その感覚は、いつも私の底にあった。
胸の奥で、静かに、しかし確実に。
ある日、街の広場で行われた演習に参加した。
周囲は光を放ち、炎を操り、剣を振るった。
風がうねり、火花が舞い、光が弧を描いた。
私はただ、一本の棒を握っただけだった。
棒は何も変えなかった。
空を裂くことも、敵を打ち倒すこともなかった。
ただ手の中で重いだけだった。
しかし、周囲は私を笑わなかった。
驚きも、蔑みもなかった。
ただ、立っていることを許された。
その瞬間、私は理解した。
存在しなくても、ここにいるだけで、許される場があることを。
そのときの空気は、奇妙に静かだった。
戦う声や光の閃きが遠くに感じられ、私だけが別の時間にいるようだった。
だが、孤独ではなかった。
そこにいることが、かすかな力を持つことだと、漠然と感じた。
後日、庁舎に呼ばれた。
担当者は静かに、淡々と、しかし確実な口調で言った。
「君には、能力はない。しかし、手配はできる」
手配――それは、何かを「決める」ことだった。
誰かを選ぶこと、順序を決めること、流れを整えること。
戦う力ではない。
炎や剣や祈りではない。
だが、確かに力だった。
静かで、目立たないが、世界の片隅を揺るがす力。
私は頷いた。
それ以上、言葉は必要なかった。
手配士になる、その条件は、それだけで十分だった。
庁舎を出ると、街の空気が柔らかく揺れた。
人々は行き交い、子供の笑い声が遠くで響き、商人は呼び声を上げていた。
何も変わっていないように見えた。
だが、私はその場で初めて、存在の意味を感じた。
手配士としての日々は、静かに始まった。
書類を開き、名前を確認し、欄に印を押す。
判断をせず、力を持たず、ただ流れを整える。
だが、それだけで、誰かの行動を微かに変えることができた。
そのことを理解したとき、私は初めて、生き延びる方法を知った。
初めの頃は、それが怖くなかった。
目に見える戦いも、炎も、光もない。
ただ、静かに、書類の順序や名前を動かすだけの毎日。
だが、どこかに、居心地の悪い予感があった。
何かが、この力の向こうで微かに蠢いている。
その存在に、まだ触れることはできない。
ただ、気配だけを感じる。
私は、手配士になった。
能力ゼロの私が、手配を行うことで、生き残ることを学んだ。
そして、知らず知らずのうちに、他者の行動を揺らす存在になった。
その感覚は、まだ曖昧で、恐怖でも驚きでもない。
ただ、底に潜む冷たい予感として、心の片隅に残っていた。
――そして、その日は終わった。
外は夕暮れに染まり、人々は帰路を急ぎ、街は穏やかに見えた。
私は静かに、手配士としての初めての日を思い返していた。
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