第1話 手配士の朝(2)

午前中は、ほとんど動きがなかった。


受付から回ってくる書類は、確認済みの再照合や、形式上の確認が大半で、

判断と呼べるものはひとつもない。


目を通して、所定の欄に印をつけ、次の部署に回す。それだけだ。

中には、なぜこれをわざわざ手配課に持ってくるのか理解できない案件もある。


「冒険者二名の同行順序についての再手配要請」


一度だけ目を通し、規定番号を確認してから、元の順序のまま返送した。

同行順は、すでに登録済みだ。

変更の理由が明示されていなければ、こちらで判断する余地はない。


手配士は、判断をしない。


それが、この役職における最大の原則だった。


判断をしない代わりに、間違えない。

間違えない代わりに、責任を持たない。


少なくとも、そう教えられてきた。


昼前、上司が一度だけ手配課を覗いた。


「問題は?」


「ありません」


「そうか。じゃあ、今日はこのままで」


それだけ言って、上司は去っていった。確認も指示もない。

それで十分だという態度だった。

私は少し不思議に思ったが、気にしないことにした。

この課では、それが普通だった。


同僚のひとりが、湯気の立つ茶を机に置いた。


「手配士って、気楽でいいよな」


「そうですか?」


「少なくとも、前線には出なくていい。決断もしなくていい」


そう言って、彼は笑った。


確かに危険な仕事ではない。

書類は人を傷つけず、印を押しても血は出ない。

だからこそ、能力のない者に能力を必要としない仕事を与えるのだと思う。

それは、制度として正しい。


午後も静かに過ぎていった。急ぎの案件はなく、呼び出しもなかった。

私は帳簿を閉じ、帰り支度をする。


今日一日で扱った案件は、すべて「軽微」に分類されるものだった。

特筆すべき点は、何もない。

庁舎を出ると、夕方の光が街を穏やかに照らしていた。

人の流れは朝と変わらず、静かで平穏だ。


この世界は、うまく回っている。

少なくとも、私の知る限りでは。


手配士の仕事は、世界が壊れないようにすることではない。

壊れない世界の中で、余計なことをせず、ただ日々を繰り返すことだ。


そう考えながら、私は帰路についた。


――その日の記録は、誰の判断も必要としなかった。

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