第10話|触れてしまえば、戻れない
レオンくんの部屋は、驚くほど簡素だった。
必要最低限の家具。
整えられた剣。
そして、窓から差し込む月明かり。
「……すみません、急に」
「いい」
短く返される。
部屋に入った瞬間から、
空気が少しだけ、張り詰めていた。
昼間のこと。
夜の抱擁。
言葉にしなかった感情。
全部が、まだ宙に浮いている。
「ルナ」
名前を呼ばれ、振り向いた瞬間。
——指先が、頬に触れた。
そっと。
確かめるみたいに。
「……嫌なら、言え」
低い声。
でも、その目は逃げ場を探しているみたいで。
「……嫌じゃ、ありません」
そう答えた自分の声が、少し震えているのがわかる。
次の瞬間、
唇が重なった。
深くはない。
でも、確実に“初めて”だとわかる触れ方。
離れたとき、
レオンくんの呼吸が乱れている。
「……君は」
掠れた声。
「無防備すぎる」
「……そう、でしょうか」
そう言うと、
彼は小さく、苦しそうに笑った。
「俺の前でだけ、だろ」
再び、抱き寄せられる。
今度は、逃げ場がないほど近く。
胸と胸が触れて、
体温が混ざる。
怖いはずなのに。
嫌な記憶が蘇るはずなのに。
——違う。
この人の触れ方は、
確かめるみたいで、壊さない。
「……ルナ」
何度も、名前を呼ばれる。
それだけで、
自分がここにいていい気がしてしまう。
指先が、背中をなぞる。
服越しに伝わる熱。
息が、浅くなる。
「……離れなくていいです」
気づけば、そう言っていた。
「今は……ここに、いてください」
沈黙。
次の瞬間、
強く、でも大切に抱きしめられた。
「……ああ」
短い返事。
それ以上の言葉は、いらなかった。
夜は深く、
月明かりが、二人を隠す。
触れて、確かめて、
互いがここにいることを、何度も確かめる。
——それが、どこまで進んだのか。
言葉にしなくても、
もう戻れない場所に来てしまったことだけは、はっきりわかった。
この夜を境に。
僕たちは、
“必要”の意味を、取り違え始める。
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