第9話|夜は、距離を誤魔化さない



 その夜。


 寮の廊下は静まり返り、

 窓の外には、淡い月が浮かんでいた。


 ……眠れない。


 今日の出来事が、頭から離れない。


 ノックの音がしたのは、

 ちょうどそんなときだった。


「ルナ」


 聞き慣れた声。


 扉を開けると、

 レオンくんが立っていた。


「……どうしたんですか?」


「少し、話したい」


 それだけで、断る理由はなかった。


 部屋に招き入れると、

 彼は窓際に立ち、月を見上げた。


「今日」


 ぽつりと、切り出す。


「君が、遠く感じた」


 胸が、きゅっと締まる。


「皆に囲まれて、

 ……俺の知らない場所に行くみたいで」


 その言葉は、

 責めるでもなく、弱さを晒すものだった。


「僕は……」


 言葉を探す。


「レオンくんから、離れるつもりはありません」


 自然に、そう口にしていた。


「でも、誰かに必要とされるのが……

 少し、嬉しかっただけで」


 沈黙。


 次の瞬間、

 強く、でも乱暴ではなく——抱き寄せられた。


「……それが、嫌なんだ」


 耳元で、低く囁かれる。


「君が嬉しそうなのも、

 誰かの目に映るのも」


 吐息が、近い。


 でも、触れ方はとても慎重で、

 逃げ道を残している。


「……離れたいなら、今言え」


 震える声。


 ——試している。


 僕は、そっと彼の服を掴んだ。


「……離れません」


 小さく、でも確かに。


「レオンくんが、必要です」


 その瞬間、

 彼の腕に、力がこもった。


「……ああ」


 短い返事。


 それ以上は、何もしない。


 ただ、同じ月を背に、

 抱き合って立っているだけ。


 それなのに。


 胸の奥に落ちるものが、

 重くて、甘くて、逃げ場がなかった。


 ——これが、始まりだ。


 互いを必要とすることでしか、

 立っていられなくなる関係の。

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