第5話|生徒会室の扉
生徒会室は、学院本館の最上階にあった。
分厚い扉の前に立った瞬間、
空気が変わったのが、はっきりわかる。
——静かで、重い。
ここは、選ばれた者だけの場所だ。
「緊張してる?」
隣を歩くレオンくんが、小声で聞いてくる。
「……少しだけ」
正直に答えると、
彼は小さく笑った。
「大丈夫。
食われたりしない」
「それ、余計に怖いです……」
そう返すと、レオンくんは喉を鳴らして笑った。
その音に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
扉が、ノックもなく開かれた。
「入れ」
中から聞こえたのは、落ち着いた声。
足を踏み入れた瞬間、
何人もの視線が、一斉にこちらを向いた。
——全員、貴族。
制服の質、立ち居振る舞い、魔力の圧。
どれもが、学院の上澄みだと一目でわかる。
「君が、ルナ=ルミエールか」
中央の席に座る青年が、口を開いた。
銀縁の眼鏡をかけ、穏やかな笑みを浮かべているが、
その瞳は鋭い。
「生徒会長の、セシル=アルヴァーンだ」
「……初めまして。
ルナ=ルミエールです」
深く頭を下げる。
その瞬間、
ひそひそとした空気が、確かに動いた。
「平民にしては礼儀正しいな」
「噂の月魔法使いか」
小さな声が、耳に刺さる。
けれど。
「そこまでだ」
セシル会長が、ぴしりと言った。
「ここは、身分を測る場じゃない」
室内が、静まり返る。
「我々が見たいのは、能力と意思だ」
その視線が、僕に向けられる。
「君の月魔法。
見せてもらえるかな」
喉が、少しだけ渇いた。
「……はい」
一歩、前に出る。
深呼吸をして、意識を集中させる。
「月よ——」
詠唱と同時に、
床に淡い光が広がった。
白銀の魔法陣。
柔らかく、しかし確実に、空間を満たす魔力。
それは、攻撃ではない。
防御でもない。
——調和。
室内の魔力の流れが整えられ、
ざらついていた空気が、静かに澄んでいく。
「……これは」
「精神安定と魔力補助を、同時に……?」
ざわめきが、驚きに変わる。
セシル会長は、眼鏡の奥で目を細めた。
「制御が、異常なほど正確だな」
魔法を解き、下がる。
そのとき。
「やっぱりな」
横から聞こえた声に、顔を上げると、
レオンくんがこちらを見ていた。
どこか、誇らしげで。
でも同時に——誰にも渡す気がない、そんな目。
「彼は、生徒会に必要だ」
そう言い切る。
室内の視線が、一斉にレオンくんへ向いた。
「ヴァルディス。
君は随分と肩入れするな」
「事実を言ってるだけだ」
レオンくんは、即答した。
「ルナは、役に立つ。
——それ以上に、信用できる」
胸が、きゅっと締めつけられる。
そんなふうに、
はっきり言われたことなんて、今までなかった。
セシル会長は、少し考えるように指を組み——
そして、微笑んだ。
「決まりだな」
「え……?」
「ルナ=ルミエール。
君を、生徒会へ迎え入れる」
その言葉に、
室内の空気が、また一段変わった。
——歓迎と、反発が混じった色。
「そして、レオン=ヴァルディス」
会長は続ける。
「君も、正式に生徒会役員だ。
拒否権はない」
「……了解」
短く答えるレオンくん。
生徒会室を出たあと、
廊下で、ようやく息を吐いた。
「……すごく、疲れました」
「顔に出てる」
そう言って、レオンくんは僕の頭に、軽く手を置いた。
その動作が、あまりにも自然で——
思わず、固まる。
「あ……」
「悪い」
すぐに手を離すけれど、
指先の温度が、まだ残っていた。
「でも」
少しだけ、声を落として。
「これからは、
俺がもっと近くにいる」
胸が、静かに高鳴る。
生徒会。
同じ場所。
同じ立場。
——ここから、もう戻れない。
そんな予感だけが、
確かに、胸の奥に根を張り始めていた。
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