第4話|噂と、生徒会という場所



 翌日から、学院の空気が少し変わった。


 はっきりした理由はわかる。

 ——噂だ。


「聞いた? ヴァルディスが平民を庇ったって」

「しかも特待生の月魔法使いらしいぞ」

「へえ……」


 廊下を歩けば、ひそひそとした声が背中を追いかけてくる。

 視線は、昨日までとは違う意味を帯びていた。


 好奇。

 評価。

 そして、面白がるような軽さ。


 正直、落ち着かない。


 でも、不思議と怖さはなかった。


 ——レオンくんが、いるからだ。


「ルナ」


 後ろから名前を呼ばれ、振り向く。


「おはようございます、レオンくん」


「今日は魔法史だろ。

 一緒に行こう」


 それは、あまりにも自然な誘いだった。


 周囲の視線が一斉に集まるのを感じる。

 それでも、レオンくんは気にした様子もなく歩き出す。


 僕も、迷わずその隣に並んだ。


 ……これで、余計に目立つとわかっていても。


 教室に入ると、ざわめきが一段大きくなる。

 空いている席はあるのに、誰も僕の隣に座ろうとしない。


 ——ひとりになる前に。


「ここ、いいか?」


 レオンくんが、僕の隣に腰を下ろした。


「……え」


「何その顔」


「いえ、その……」


 胸が、変な音を立てる。


 この人は、

 本当に、隠す気がない。


 授業が始まり、魔法史の講義が淡々と進む。

 けれど、集中しようとしても、視線が気になってしまう。


 ふと、レオンくんの方を見ると——

 彼は頬杖をつきながら、前を向いていた。


 ……落ち着いてる。


 その横顔を見ていると、

 なぜか、呼吸が楽になる。


 授業後。


「ルナ=ルミエール」


 教室を出ようとしたところで、声をかけられた。


 振り向くと、

 そこにいたのは、学院でも特に有名な上級生だった。


 ——生徒会役員。


「生徒会長がお会いしたいそうだ」


 胸が、どくんと鳴る。


「……僕が、ですか?」


「ああ。

 特待生で、月魔法使いだろ?」


 視線が、値踏みするように動く。


 僕が返事をする前に、

 横から、落ち着いた声が割り込んだ。


「俺も同行する」


 レオンくんだ。


 上級生は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「構わない。

 君も、対象だからな」


「……対象?」


「勧誘だよ」


 その言葉に、心臓が跳ねる。


 ——生徒会。


 学院の中枢。

 貴族中心で、平民が入ることはほとんどない場所。


 僕が、そこに?


 不安と期待が、ないまぜになる。


 レオンくんは、ちらりと僕を見て言った。


「無理なら、断っていい」


 その声は、優しかった。


「でも……

 君がどうしたいかは、尊重する」


 ……ずるい。


 そんなふうに言われたら。


「……行きます」


 小さく、でもはっきり答える。


 レオンくんは、わずかに目を細めた。


「なら、行こう」


 並んで歩き出す廊下。

 この先に何が待っているのか、まだわからない。


 でも。


 少なくとも今、

 僕はひとりじゃない。


 ——それだけで、十分だった。

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