第3話|差別という名前の壁
それからしばらくの間、
レオンくんと話す機会は、少しずつ増えていった。
廊下ですれ違えば、軽く会釈をする。
授業が同じ日には、短い会話を交わす。
それだけのことなのに、
学院での居心地が、わずかに変わった気がしていた。
——気のせいだと、思おうとしていた。
昼休み、魔法演習棟の裏手。
人目につきにくい場所で、僕はひとり、課題の復習をしていた。
「月よ、静かに——」
詠唱の途中で、影が落ちる。
「なあ」
聞き覚えのない声に、肩が強張った。
顔を上げると、そこには数人の生徒が立っていた。
授業中に、何度かこちらを見ていた顔。
「特待生様が、こんなとこで自主練か?」
からかうような笑い声。
「貴族でもないのに、随分と優遇されてるよな」
「月魔法? どうせ珍しいだけだろ」
喉が、ひくりと鳴る。
反論すれば、面倒になる。
逆らえば、もっと拗れる。
僕は魔法陣を消し、静かに頭を下げた。
「……申し訳ありません。
ご迷惑でしたら、すぐに——」
「調子に乗るなよ」
言葉が、鋭く突き刺さる。
「平民は平民らしく、目立たずしてろ」
——その瞬間。
「それ、誰が決めた?」
低い声が、空気を切った。
振り向くより先に、
その人の存在がわかってしまう。
レオンくんだった。
彼は僕と相手の間に立ち、
まるで当然のように、壁になる。
「学院の規則に、そんな決まりはない」
「ヴァルディス……」
相手の顔色が変わる。
「忠告してやってるだけだ」
「王家直属騎士団の跡取りが、平民に肩入れしていいのか?」
一瞬、周囲の空気が凍りついた。
レオンくんは、眉ひとつ動かさない。
「いいに決まってるだろ」
静かで、揺るぎのない声。
「能力を持つ者を評価する。
それが、この学院の理念だ」
「……甘いな」
「甘くて結構だ」
言い切ったあと、
レオンくんは一歩、前に出た。
「二度と、こいつに絡むな」
脅しではない。
命令でもない。
ただの、宣言だった。
相手たちは舌打ちを残し、去っていく。
取り残された僕は、しばらく声が出なかった。
「……すみません。
また、僕のせいで……」
「だから違うって」
レオンくんは、即座に言った。
それから、少し困ったように頭を掻く。
「……怖かっただろ」
その一言で、
胸の奥に溜まっていたものが、揺れた。
「……はい」
正直に答えてしまう。
「でも……慣れてます」
そう言った途端、
レオンくんの表情が、ほんの一瞬だけ、歪んだ。
「慣れる必要なんてない」
低く、強い声。
「君は、ちゃんとここにいる資格がある」
その言葉が、
胸の奥に、深く沈んでいく。
——ああ。
この人は、
僕を“守る側”に立つことを、迷わない。
それがどれだけ面倒で、
どれだけ敵を作る行為か、わかっていても。
その背中を見上げながら、
僕は初めて思ってしまった。
もし、この人のそばにいられたら。
この学院で、ひとりじゃなくなれるかもしれない、と。
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