第2話|月魔法の授業



 入学式から数日が経った。


 王立アストリア学院での生活は、想像していたよりも忙しい。

 授業、課題、寮の規則。

 気を抜く暇はあまりなかった。


 その中で、今日はいちばん気が重い授業がある。


 ——実技魔法演習。


 特に僕の場合、理由ははっきりしていた。


「次。ルナ=ルミエール」


 教官に名前を呼ばれ、教室の空気がわずかにざわつく。

 視線が、痛い。


 僕は前に出て、深く息を吸った。


 月魔法は、派手じゃない。

 火や雷のように目を引くものでもない。


 けれど——。


「……月よ」


 小さく詠唱すると、室内の明かりとは別に、

 淡い白銀の光が僕の足元に滲んだ。


 それは広がり、柔らかく、静かに魔力を満たしていく。


 ざわめきが、はっきりと変わる。


「……魔力の安定率が異常だ」

「回復だけじゃない……精神干渉もあるぞ」


 教官が、感心したように頷いた。


「特待生としての評価は、伊達ではないな」


 その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。

 同時に、別の種類の視線が増えたことも、はっきりわかった。


 羨望。

 嫉妬。

 そして、苛立ち。


 席に戻る途中、背中に刺さる空気が冷たい。


 ……目立たないようにしているつもりなのに。


 授業が終わり、廊下に出たときだった。


「さっきの魔法」


 不意に、横から声をかけられる。


 振り向くと、そこにいたのは——。


「レオンくん」


 彼は壁にもたれかかり、腕を組んでいた。

 制服の着こなしは相変わらず整っていて、周囲の視線を自然と集めている。


「すごかったな。無駄がない」


 褒められることには慣れていない。

 思わず視線を落としてしまう。


「……ありがとうございます。でも、まだ未熟で……」


「そういうの、謙遜って言うんだ」


 レオンくんは、軽く息を吐いて笑った。


「平民だとか特待生だとか、関係ない。

 あれは、ちゃんとした“力”だ」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「……そう言っていただけると、助かります」


 そのとき。


「おい、ヴァルディス」


 後ろから、低い声がかかった。


 振り返ると、貴族らしい装いの生徒が数人、こちらを見ている。

 視線は、明らかに僕を値踏みしていた。


「平民と、随分親しげだな」


 空気が、ぴんと張る。


 レオンくんは、ちらりと僕を一度見てから、相手に向き直った。


「何か問題でも?」


 声は穏やかだった。

 でも、一歩も引かない響きがある。


「……忠告だ。

 立場を考えろ」


「考えてるさ」


 レオンくんは、即答した。


「だからここにいる」


 それ以上の言葉はなかった。

 相手は舌打ちをして、去っていく。


 残された廊下で、僕はしばらく動けなかった。


「……すみません。

 僕のせいで……」


「違う」


 被せるように言われて、顔を上げる。


「君のせいじゃない。

 ——気にするな」


 そう言って、レオンくんは少しだけ視線を逸らした。


「それに……」


 一瞬、言葉を選ぶような間。


「放っておけなかっただけだ」


 胸が、また少しだけ、強く鳴った。


 この人は、

 差別をしない。


 でも同時に、

 それがどれだけ“許されないこと”かも、わかっている人だ。


 ——それでも。


 僕の前に、立ってくれる。


 その事実が、

 静かに、確実に、心に染み込んでいった。

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