『月光に導かれ僕は、騎士の瞳に閉じ込められる』

第1話|月の下で、すれ違う



 王立アストリア学院の入学式は、いつも厳かだと聞いていた。

 実際、式典用の大広間に足を踏み入れた瞬間、僕は少しだけ息をのんだ。


 高い天井。壁に刻まれた古い魔法陣。

 そして、ずらりと並ぶ新入生たちの中に混じる、視線。


 ——平民。


 そう思われているのだろうことは、わかっている。

 特待生であることも、月魔法を使えることも、ここではもう知られている。


 だから背筋を伸ばした。

 視線を下げないようにして、名を呼ばれるのを待つ。


「ルナ=ルミエール」


 名前が響いた瞬間、広間がわずかにざわついた。

 月魔法。その言葉が、ひそひそと空気に混じる。


 壇上に進み、形式通りに礼をする。

 拍手は、まばらだった。


 ……慣れている。

 そう思おうとしたけれど、胸の奥が少しだけ、冷えた。


 式典が終わり、解散の合図が出る。

 人の流れに押されるようにして、僕は廊下へ向かった。


 そのときだった。


 向かい側から歩いてくる集団の中心に、

 ひとり、やけに目を引く人物がいた。


 背が高く、姿勢がいい。

 纏っている制服の着こなしが、自然と周囲と違う。


 ——貴族。


 そう直感した瞬間、なぜかその人の視線と、ぶつかった。


 ほんの一瞬。

 でも、確かに目が合った。


 強い光みたいな瞳だった。

 威圧されるはずなのに、不思議と怖くはなかった。


 すぐに人波に遮られて、互いの姿は見えなくなる。


 ……今のは、なんだったんだろう。


 足を止めかけて、僕は首を振った。

 考えても意味はない。

 貴族と平民だ。ただの偶然だ。


 そうして歩き出した先で、甲高い笑い声が聞こえた。


「へえ、あれが噂の月魔法か」


 振り返ると、同じ新入生と思しき数人が、こちらを見ていた。

 視線は好奇心というより、値踏みだ。


「平民のくせに、随分と目立つじゃないか」

「特待生ってだけで調子に乗ってるんだろ?」


 胸が、きゅっと縮む。


 僕は一歩下がり、頭を下げた。


「……そういうつもりは、ありません。

 ご不快にさせてしまったなら、申し訳ありません」


 謝るのが正解だと、知っている。

 波風を立てないためには、それが一番だ。


 けれど。


「は?」


 その声は、彼らのものじゃなかった。


 凛とした低い声。

 聞き覚えのある、あの声。


「誰が、不快だって?」


 振り向いた先に立っていたのは、さっき廊下ですれ違った人物だった。


 近くで見ると、思っていた以上に整った顔立ちをしている。

 真っ直ぐな視線が、からかうようでも、見下すようでもない。


「学院では、出自じゃなく魔法と成績で評価される。

 それを知らないなら、ここに来る資格はない」


 静かな口調だった。

 怒鳴ってもいない。


 それなのに、周囲の空気が一気に張り詰める。


「……ヴァルディス家の」


 誰かが小さく呟いた。


 貴族。

 しかも、かなり位の高い。


 絡んできた生徒たちは、舌打ちをして離れていった。


 残されたのは、僕と、その人だけ。


「……助けていただいて、ありがとうございます」


 そう言うと、彼は少しだけ眉をひそめた。


「別に。正しいことを言っただけだ」


 それから、ふっと視線を和らげる。


「レオン=ヴァルディス。君は?」


「ルナ=ルミエールです。

 本日は、その……」


「敬語、固いな」


 そう言って、彼は少しだけ笑った。

 さっきの厳しさとは違う、年相応の表情。


「同い年だろ。無理しなくていい」


 胸の奥が、ほんの少し温かくなる。


「……ありがとうございます。レオンくん」


 その名前を口にした瞬間、

 彼が一瞬だけ、目を見開いた気がした。


 でもすぐに、何事もなかったように背を向ける。


「じゃあ、またな」


 その背中を見送りながら、僕は思った。


 この学院で、

 彼とまた関わることになる気がする、と。


 理由はわからない。

 でも、月の光みたいに、静かに確信していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る