第6話 宴
女官長のところには劉姫様と私と厳美人の筆頭女官が行ってくれたので、すんなりと変更が認められた。
舞の衣装については玲玲が是非実家の商会に任せてほしいというので厳美人が玲玲の父親を招くことにしたという。
妃嬪であれば自分の宮に商人を招き入れられるが、美人の位ではそれは無理なので、面会室で監視付きでの面会になる。
面会の日には数人の男女がやってきた。
玲玲は「パパ、ママ!」と叫んで駆け寄った。
玲玲の父親らしい立派な髭を蓄えた茶髪のおじさんは「玲玲が元気にやっていてくれてよかった。」と目にきらりと光るものを滲ませている。
もう一人いた若い男性は玲玲の1番上のお兄さんらしい。
女性も二人いて金髪のやや年上の女性が玲玲のお母さんで茶髪の若い女性は秘書さんらしい。
厳美人や劉美人と一緒に私たちも採寸された。
その後はみんなで舞の衣装についてああでもないこうでもないと議論が白熱している。
厳美人と劉姫様とが話し合っているのを横目に見て一歩下がって休んでいると、玲玲とそのお母さんがやってきた。
「いつも玲玲によくしてくれてありがとう。」
お母さんは私の手を握って言ってくる。
「え、ええ。玲玲はいいお友達ですから。」
私は社交辞令としてそう言ったが、玲玲は「今回の演奏も蔡灌様がお口添えいただいたから出ることになったのよ」なんて言っている。
どう考えても楽器を持って乱入してきたのは玲玲の方だったはずである。
けれどもお母さんは「玲玲はいつも引っ込み思案のおとなしい子なのでよろしくご指導くださいね。」と言って頭を下げた。
(え?玲玲が引っ込み思案?)
私の頭の中に???があふれかえったが、とにかくそれを押さえつけて「こちらこそ〜」と愛想笑いを全開にしておく。
ご両親が帰られた後、私は玲玲にどういうこと?と聞いてみたが玲玲はちょっと舌を出してこてんと首を傾げてテヘッと言っただけだった。
一体この子は実家でどういう生活をしていたのよ。いくら可愛い仕草をしても誤魔化されないんだからね。
♢♢♢
そうこうしているうちに宴の日になった。
これまで何度か厳美人の所で合わせ稽古をしているので厳美人と劉姫様の息も合ってきている。
朝早くに厳美人の宮から楽器を運び出して所定の位置に置いておく。その後は私たちも料理を配膳したりさまざまな小物を取り揃えたりとてんてこ舞いで働くことになった。
今回の宴は曲水の宴である。
宴会場に小川が設えてあり、そこに盃の入った小舟を流すのである。
小舟を取り上げたものが五言絶句の詩を書き上げてそれを読み上げるとその盃を頂くという趣向である。
まあ、五言絶句については事前に用意しているくらいのことは想定の範囲内だろう。
けれども盃の小舟や各出席者が詩を書きつける筆や紙など用意が大変である。
そのためにこの宴の用意は後宮の全ての宮から人員が動員されることになる。
ようやく全ての準備が終わり、後はお客様を入れるだけとなった時にきやっという悲鳴が聞こえた。
行ってみると他の宮の女官が青い顔で震えながら楽器の入った箱を指さしている。
楽器の箱は乱雑に破られ、琵琶も筝も弦が切られていた。
舞の衣装に着替えようとしていたのか単になった厳美人が来ていた。
「刃物で切られているわね。」
「ええ」
「わ、私ではありません!」
第一発見者であろう女官は震えながら言う。
「わかっているよ。この切られ方は刃物だ。あんたは刃物を持っていないだろう。」
その女官はこくこくと首を縦に振っている。
「まあ犯人探しは置くとしても、これでは弦を張り替えても使えないな。」
劉姫様は言う。
弦を張り替えたばかりだと弦が伸びて音程が狂いやすいのである。弦がしっかり伸びて安定するには時間がかかる。
「そうだわ。劉美人様の筝を使いましょう。」
「い、いや、あれは琴柱を固定してあったはずだよ。」
「あんなにいい筝ですわ。もちろん琴柱は既に外していますとも。」
厳美人が「けれども胡旋舞の速弾きはどうするの?筝では難しすぎない?」と心配そうに聞いてくる。
「なんとかします。」
私は答えた。
「そうか。速弾きか。」
劉姫様は思い出したように言う。
「はい。できる限りはやりたいと思います。」
私がそう言うと、玲玲も「速いところは私もサポートするから安心して。」と頼もしく言ってくれた。
「さあ急ぎましょう。」
私は力の強そうな宦官を何人か率いて宮に戻った。
建物の中に入り、筝が無事であることを確認した後、筝を匣に入れて運んでもらった。
既に客が入っていて時折り詩を吟ずる声が聞こえる。
無事に宴は始まったようである。
楽器置き場に着くと既に玲玲が見張っていた。弦の切られた筝と琵琶は片付けられていてもうなかった。
玲玲の胡弓は個人持ちのものだったのでその身から離さずに持ち歩いていたことが幸いして難を逃れたのである。
玲玲は「もしかするともう一度筝の弦を切ろうと狙ってくる可能性があるわ。その時には一人より二人いたほうがいいじゃない。」と言って私の横に腰掛けた。
私も見知らぬ宦官たちに守られるよりも玲玲と一緒にいた方が安心できる。
そこで私と玲玲は取り止めのない話をして時間を過ごしていたのである。
と、玲玲が「誰?」と鋭く声を飛ばした。
「こんな所でサボっているんだ。女官長様に言いつけてやろうかしら。」
姿を現したのは許氏である。
「あらお久しぶりじゃない。お元気だったの?」
私がそう言っても許氏は顔を歪めるだけだった。
「ふん、サボり魔にそんなことを言われても困るわ。私が女官長様に言いつけたら鞭打ちの刑になるかもね。女官長様はサボりはお嫌いらしいから。」
許氏の口には酷薄そうな笑みが浮かんでいる。
「あら、おあいにく様ね。私たちは女官長様の命令でここで番をしているのよ。」
「は?今更何の番をするのよ。筝も琵琶も弦を切ってしまったのだから番をする楽器なんてないでしょう。サボりたいからと言って嘘はいけないわ。」
弦を切ったのはお前か。」
玲玲はまるで豹のような身のこなしで許氏に掴み掛かった。
あっという間に許氏は制圧されている。
「灌、その辺りにいる警備の宦官を呼んできて。」
玲玲は既に許氏に猿轡を噛ませている。
「ここで許氏に叫ばれたら宴の邪魔になるものね。」
私が警備の宦官を連れてくると、許氏はそのまま連行されていった。
「私も康商会の娘として護身術は叩き込まれたからね。」
玲玲は少し照れている様子だった。
そんなことをしている間に別の宦官がそろそろ舞の準備だと呼びに来た。
筝を運んでもらう間に私たちは頭から薄い布をかぶって外から顔が見えないように隠す。
金と銀の舞衣装を来た私たちがお仕えする美人たちは「弦を切った犯人を捕まえたなんてお手柄だよ。」と言って私たちを褒めてくれた。
案内の宦官が時間だと言いに来たので二人の舞い手は静々と舞台に上がった。
私と玲玲もその後について舞台の後ろに座る。
私が筝を奏で始めると玲玲が追いかけるように胡弓を弾き始め、二人の舞い手が踊り始めた。
二人の舞は全く違う動作がバラバラにならず時に和し時に対立して、その中に一定の緊張を保ち続けた。
観客たちは一言も発することができず、ただ筝と胡弓の音色と舞う舞い手の衣擦れの音だけが聞こえていた。
踊りは鳳翔舞から胡旋舞に変わる。
いきなり速弾きに変わった筝と胡弓の音に「おおお」と言う感嘆の音が響いた。
金と銀の舞い手は独楽のようにくるくると回転を始めた。
あちこちの明かりが金と銀に反射して幻想的な光景である。
観客はこの幻想の世界が永劫に続くのではないかと錯覚していたかもしれない。
その時「バシン!」という音がした。
幻想に浸っていた観客たちが何事かと見れば筝の第二弦が見事に断ち切れていたのだった。
さらに恐ろしいことに筝を奏でていた奏者は弦が切れたことなど何ほどでもないかのように変わらずに弾き続けていたのである。
当然ながら舞が終わった時には万雷の拍手喝采で迎えられた。
朱雀帝も「厳美人の舞は素晴らしかった。劉美人にこのような舞の才があることは初めて知った。褒美にこの玻璃の盃を遣わす。」と大層お褒めになって手ずから二人の舞手に褒美を渡されたのである。
そんな宴の翌日、ここに来る時に最初に会った皇子がやってきた。
「皇子様?何か御用でしょうか?劉美人を呼んで参りましょうか。」
とにかく失礼のないように拱手して答える。
「なに、そんなに畏まらなくて良い。昨日、筝を弾いていたのはお前だろう。」
違いますと答えたい気分だったが、皇子に嘘をつくと不敬罪で捕まりかねない。それで灌はひたすら頭を下げるだけにしたのである。
果たして皇子様は何か都合よく理解したみたいで、「さすがは蔡文祥殿の孫娘だ。そら、この簪をやる。これから宴に出る時にはこの簪を着けて出るように。」と言って銀色の簪を手渡した。
一目見ると地味に見えるがよく見ると手の込んだ細工がふんだんに加えられており、高級品であることは灌にもわかった。
その時、灌と皇子との間に誰かが滑り込んだ。劉備人である。
「皇太子殿下、いくらなんでも見習い女官に簪を渡すなど幼女趣味ではありませんか。ご自重くださいませ。」
「おい。私は父の皇帝ではないぞ。私は劉美人と同じ16だ。灌は13だろう。たった3つしか違わないぞ。」
「そんな屁理屈はどうでもいいのです。灌は私の保護下にあるのです。例え皇太子殿下といえども好き勝手はさせません。」
「後宮に来た時に一緒にお茶するくらいならいいじゃないか。」
「がるるる」
げっ、この皇子って皇太子殿下だったか。さすがにこの簪を売り払うわけにもいかないなあ。
「殿下?簪をどうもありがとうございます。でも残念なことにまだ髪の毛が短いので髪を結うことができないのです。だから、髪の毛が充分に伸びて髪を結うことができるようになったらこの簪をささせてもらいますね。」
劉美人は笑った。
「あはは。髪の毛は短いままで良い。簪など挿さなくていいよ。」
けれども皇太子殿下は「うんくん。髪の毛が伸びるまで待つからね次は一緒にお茶しよう!」と上機嫌で帰っていってしまったのである。
辺境の薬師が蛮族の後宮に行ってみれば 藤川蓮 @renfujikawa
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