【第九話】 神話級モンスター?いいえ、携帯用湯沸かし器です



消火器の一撃によって沈黙した炎の巨神『ギガント・ジョロキア』。

その巨体は冷却され、小山のような黒曜石の塊となって鎮座していた。


「ふぅ……。さて、やっと自分の仕事に戻れるわけだが……」


神宮寺ミナトは腕を組み、目の前の「巨大な燃えカス」を見上げていた。

彼の胸中を占めていたのは、人類の脅威が去ったことへの安堵ではない。

この大量の産業廃棄物をどう処理するか、そしてその搬出コストを誰に請求するか、という極めて現実的な問題だった。


「解体業者を呼ぶにしても、ここまで重機は入ってこれないしなぁ……。手作業で砕くしかないか?…ったく、残業確定じゃないか」


ミナトが深いため息をついた、その時だった。


パキッ……。


黒く固まった巨神の残骸の頂上が、微かに音を立ててひび割れた。


「ん?」


ミナトが顔を上げる。

少し離れた場所でへたり込んでいたガルドたちも、弾かれたように身構える。


「ま、まさか……まだ生きているのか!?」

「神宮寺さん、下がってください! 再点火する気です!」


キサラギ・レイナが叫ぶ。

神話級の生命力は常識では測れない。核が残っていれば、何度でも蘇る可能性がある。


パキパキパキッ!


亀裂が一気に広がり、黒い殻がボロボロと崩れ落ちる。

中から溢れ出したのは、先ほどのような灼熱のマグマではない。

ルビーのように透き通った、美しい紅色の光だった。


「……キュ?」


瓦礫がれきの山頂から顔を出したのは、一匹の小さな魔人……いや、小さな人型魔物モンスターだった。

全長は三十センチほど。

つぶらな瞳に、短い手足。背中には小さな翼が生えており、尻尾の先にはライターの種火のような炎がチョロチョロと燃えている。


『我ハ……滅びノ王……全テヲ焼キ尽クす者……』


滅びの王(?)は、必死に威厳のあるテレパシーを送ってくるが、その姿があまりにも愛らしすぎて、迫力が皆無だった。


「なんだこいつ。新手の害虫か?」

「ガ…害虫ダト!?」


ミナトは警戒心ゼロで近づいていく。


「ちょ、神宮寺さん! それは間違いなくギガント・ジョロキアの本体です! 力を使い果たして小型化したんですよ!それでも、安易に近づくのはきけ――」

「何言ってんだ。こいつはどう見ても虫だろ」


ミナトは興味深そうに覗き込む。

彼の「清掃(消火活動)」によって、巨神を暴走させていた「過剰な熱量」と「汚れ(憎悪)」が洗い流され、純粋な精霊としての核だけが残った姿。それが今のこの状態だ。

だが、彼の目にはそうは見えていない。

人間の言葉を発する、手足と尻尾が生えた珍しいハエ程度にしか思っていないのだ。


『貴様ァ……! ヨクモ我ヲコケニシテクレタナ……!』


小型化した巨神は、ミナトを睨みつけ、精一杯のブレスを吐こうとした。


『燃エ尽キロォォォォ!』


カッ!


口から可愛い火の玉が飛び出す。

それはフワフワと飛び、ミナトの作業着の裾を少し焦がして、プスンと消えた。


「……」

「……」


気まずい沈黙が流れる。


「あちっ」


ミナトは焦げた部分を手で払い、呆れたように首根っこを摘み上げた。

まるで野良猫でも拾うかのような手つきで。


『放セ! 我ハ神ダゾ! 不敬デアルゾ!』

「はいはい、分かったから暴れるな。危ないだろ」


ミナトはジタバタする「元・神」を目の高さまで持ち上げると、値踏みするようにじろじろと観察した。


「人間の言葉を話す分、殺処分するのも寝覚めが悪いしなぁ。かといって、野放しにしたらまたボヤ騒ぎ起こしそうだし……」


ミナトは顎に手を当てて考え込む。

その視線が、ふと自分の荷物袋に入っていた『カップ麺(シーフード味)』に止まった。


「……おい、お前。ちょっと今の火、もう一回出してみろ」


『ハ? 貴様、我ニ命令スルノカ?』

「いいからやれ。エサやるぞ」


ミナトがポケットから、おやつのビーフジャーキーを取り出す。

リトル・ジョロキアの目が釘付けになる。神とはいえ、エネルギー枯渇状態なのだ。


『……ク、屈辱ダ……』


トカゲは悔しそうに唸りながらも、尻尾の先の炎をボゥッと強く燃え上がらせた。

ミナトはすかさず、持参していたステンレス製のマグカップに水を入れ、その尻尾の炎にかざした。


ボォォォォォォ……。


数秒後。

マグカップの水がボコボコと沸騰し始めた。

完璧な火力調整。ガスコンロも顔負けの熱伝導率だ。


「おお……! すげぇ!」


ミナトの声が弾む。

今日一番の笑顔だった。


「早い! そしてススが出ない! お前、最高のポータブルコンロだな!」


『コ、コンロ……? 我ハ破壊神……』

「よし、採用だ。お前、今日からウチの備品な」


ミナトは沸かしたてのお湯をカップ麺に注ぎながら、満足げに頷いた。

ダンジョン清掃の現場では、温かい食事が何よりの贅沢だ。

だが、火気厳禁のエリアも多く、お湯の確保は長年の課題だった。

それが、この「無限燃料の湯沸かし器」さえあれば、いつでもどこでもホットなコーヒーやラーメンが楽しめる。


「名前が必要だな……。そうだな……」


ミナトはズルズルとラーメンをすすりながら、トカゲを見下ろした。

火の神。

全てを燃やす存在。

そんな彼に与えるべき名前は、一つしか思い浮かばなかった。


「お前の名前は『ジョーロ』だ」


『ジョ、ジョーロ……? ソレハ、強キ名ナノカ?』


トカゲが期待に満ちた目で聞いてくる。

ミナトは箸を止め、真顔で答えた。


「ああ。水を撒いて、命を育む道具の名前だ。お前は火だけど、俺にお湯(水)を提供してくれるからな。皮肉が効いてていいだろ?」


『イ、イミガワカラヌガ、響キハ悪クナイ……』


単純な元・神は、まんざらでもなさそうに尻尾を振った。


「良いだろう。暫く、お前についていくとしよう」


「なんだよお前、ふつーに喋れんじゃん。カッコつけてたのかよ」


「う、うるさい!我は破壊神なんだぞ!威厳のある喋り方をだな……!」


その光景を見ていたレイナが、頭を抱えて崩れ落ちた。


「火の神に……水やりの道具の名前を……? しかも、用途がカップ麺用……?」


「神宮寺さん、あんた……器がデカすぎんだろ……」


ガルドも呆然と呟く。

神話級モンスターをペットにし、あまつさえ「湯沸かし器」として使役する。

この男の前では、世界の常識など塵芥ちりあくたに等しいのだ。


「よし、ジョーロ。食後のコーヒー頼むわ」

「」まったく、神使いが荒い奴だ!」


すっかり餌付けされたジョーロが、尻尾の炎で缶コーヒーを温める。

こうして、神宮寺ミナトの装備に、新たな最強アイテム(ペット)が加わった。


『魔導湯沸かし器・ジョーロ(元・神話級レイドボス)』。


彼の清掃業務は、温かい飲み物と共に、さらに快適に、そして最強になっていくのだった。


(続く)

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