【第二話】 英雄不在の狂想曲、あるいはただの業務報告 


『えー、現在、ダンジョン管理庁のサーバーがダウンしております。繰り返します、アクセス集中により――』

『動画サイト「D-Tube」の同時接続数が史上初の五千万を突破! サーバー増強が追いつきません!』

『あの清掃員は誰だ!? 特定班はまだか!?』

『ギルドは何をしている! あんな怪物が野放しにされているなど、国家の損失だぞ!』


地上では、まさに大騒ぎが起きていた。

SNSのトレンドは「#謎の清掃員」「#デッキブラシ無双」「#燃えるゴミ」で埋め尽くされ、ニュース番組は予定を変更してダンジョン配信の切り抜き映像を延々と流している。


Sランク探索者たちですら攻略を諦め、撤退を余儀なくされた『深淵の魔竜』。

それを、名の知れぬ裏方の清掃員が、あろうことか掃除用具で「処理」してしまったのだ。

世界がひっくり返るのも無理はない。


だが、そんな狂想曲の中心にいる男、神宮寺ミナトの現実は、あまりにも静かで、そして地味だった。


「……ふう。しっかし今日の汚れはしつこかったな。ドラゴンの血液ってやつぁ、どんな油汚れよりも頑固なんだよなぁ…」


『赤竜の巣』を出たミナトは、セーフティゾーンにあるエレベーターホールへと向かって歩いていた。

その両手には、パンパンに膨らんだ四十五リットルの業務用ポリ袋(黒)が六つ。

中身は、市場価値にして数十億円にもなる『竜の牙』や『オリハルコンの武具』、そして『伝説級の魔導書』などだが、彼にとってはただの「分別ゴミ」である。


「おっと、そうだ。日報を書かないとな」


ミナトはエレベーターを待ちながら、ポケットからボロボロのメモ帳を取り出した。

ボールペンを口にくわえ、慣れた手つきで書き込んでいく。


『業務日報

担当者:神宮寺ミナト

場所:第七十五層 ボス部屋

内容:

1.床面の血液汚染除去(強アルカリ洗浄実施)

2.壁面亀裂の簡易補修

3.残置物(ゴミ)の回収

4.害獣駆除(大型のトカゲ一匹)

備考:

前利用者のマナーが悪すぎる。私物の放置、食べこぼし(ポーション)、ペット(ドラゴン)の飼育放棄。管理会社から厳重注意されたし。』


「よし、こんなもんだろ」


ミナトは満足げに頷くと、メモ帳を閉じた。

彼にとって、先ほどの死闘――世界を震撼させたドラゴン討伐――は、「4.害獣駆除」の一行で済ませられる程度の出来事だった。

むしろ、彼が気にしているのは「備考」欄の方だ。


「まったく……。『閃光の勇者』だか何だか知らねえが、人気があるからって調子に乗ってんじゃねえぞ」


ミナトは苦々しい顔で呟いた。

『閃光の勇者』アルヴィス。

端正なルックスと圧倒的な実力で、今や世界ランキング五位に名を連ねるSランク探索者だ。

今日のボス部屋攻略配信を行っていたのも彼のパーティーであり、あの機材を放置したのも彼らだ。

ミナトは基本的に探索者という人種が嫌いだった。

彼らはいつもダンジョンを散らかし、壊し、そして我が物顔で去っていく。

その後始末をする裏方の苦労など、露ほども知らずに。


「ま、会うこともないだろうけどな」


チン、と軽い音がしてエレベーターが到着する。

ミナトは両手のゴミ袋を持ち直し、乗り込もうとした。


その時だ。

エレベーターの扉が開いた瞬間、そこには数人の男女が乗っていた。

煌びやかなミスリルの鎧。

オーダーメイドの高級ローブ。

そして、全身から放たれる「俺たち選ばれし者です」というオーラ。


間違いなかった。

今しがたミナトが文句を言っていた張本人、『閃光の勇者』パーティーの面々だった。


「あ……?」


先頭に立っていた金髪の美青年――リーダーのアルヴィスが、乗り込んできたミナトを見て目を丸くした。

彼らは機材回収のために戻ってきたのだろうか?

いや、彼らの表情は「忘れ物を取りに来た」という気楽なものではなかった。

顔面蒼白で、脂汗を流し、ガタガタと震えている。


それもそのはず。

彼らは見ていたのだ。

地上へ撤退した後、自分たちが置き忘れたカメラの映像を。

あの絶望的な『深淵の魔竜』が現れ、そして、目の前の薄汚れた清掃員に「ゴミ処理」される瞬間を。


(こ、こいつは……!?)

(さっきの配信の……!)

(バカな、本当に実在するのか!? あのドラゴンをワンパンした男が!)


アルヴィスたちの視線が、ミナトに集中する。

畏怖、驚愕、混乱。

Sランク探索者としてのプライドが粉々に砕け散った彼らは、目の前の「怪物」に言葉も出ない。


しかし、ミナトの反応は違った。

彼はアルヴィスの顔を見るなり、露骨に眉をひそめ、舌打ちをしたのだ。


「チッ……。お前らか」


「ひっ!?」


ミナトの不機嫌な声に、後衛の女性魔導師が小さく悲鳴を上げる。

彼らにとって、今のミナトはドラゴン以上の捕食者に見えていた。

殺される。

不敬を働いたとして、この場で消されるかもしれない。

そんな恐怖が彼らを支配する。


だが、ミナトが口にしたのは、予想外の言葉だった。


「おい、そこの金髪」


「は、はいっ!!」


アルヴィスは反射的に直立不動の姿勢を取った。

Sランク探索者が、ただの清掃員相手に敬語を使っている。

普段ならあり得ない光景だが、今の彼に違和感を持つ余裕はない。


ミナトはドサリと足元にゴミ袋を置くと、その中の一つを乱暴にまさぐり、何かを取り出した。

それは、真っ二つに折れた『聖剣エクスカリバー(レプリカ)』の残骸だった。

アルヴィスが愛用していた、一振り五億円はする最高級の武器だ。

先ほどのボス戦で折れ、彼が「縁起が悪い」と捨てていったものだ。


「これ、お前のだろ?」


ミナトは折れた聖剣を、まるで腐ったバナナでも持つかのように指先で摘んで差し出した。


「あ……そ、それは……」


「ダンジョンはゴミ捨て場じゃねえんだよ。不要になった粗大ゴミは、ちゃんと持ち帰って自治体のルールに従って処分しろ。迷惑なんだよ」


「は……?」


アルヴィスは耳を疑った。

ゴミ?

この聖剣が?

いや、それよりも、あのドラゴンを倒した直後に言うことが「ゴミの分別説教」なのか?


「聞いてんのか? あと、お前らが飲み散らかしたハイポーションの空き瓶もな、中身が残ってると悪臭の原因になるんだよ。ちゃんと水ですすいでから捨てろ。次やったらギルドに通報して、出入り禁止にしてもらうからな」


ミナトは畳み掛けるように説教を続ける。

彼の目には、目の前の男が「英雄」ではなく「マナーの悪い若者」としか映っていない。

殺気など微塵もない。

あるのは純粋な、職業人としての「憤り」だけだ。


「す、すみませんでしたぁぁぁ!!」


アルヴィスは90度の角度で頭を下げた。

プライドも何もなかった。

ただ、この理不尽なまでの「格の差」と、正論(?)の暴力に圧倒されたのだ。

後ろのメンバーたちも、つられるように一斉に頭を下げる。


「……ったく。わかればいいんだよ、わかれば」


ミナトはため息をつき、折れた聖剣をアルヴィスの胸に押し付けた。


「ほら、持ってけ。あと、これもお前らの『忘れ物』だ」


そう言って、彼は腰につけていたドローンカメラを取り外し、アルヴィスに放り投げた。


「うわっ、とと……!」


アルヴィスが慌てて受け取る。

その瞬間、ドローンのインジケーターが赤く点灯していることに、彼は気づいた。


「あ……」


そう。

配信は、まだ続いていたのだ。


『うおおおおおおお!!』

『説教タイムきたああああああ!!』

『Sランクの「閃光」が直立不動で怒られてるwww』

『「ゴミ捨て場じゃねえんだよ」名言すぎんだろ』

『聖剣が粗大ゴミ扱いwww』

『正論パンチがドラゴンより重い件』

『この清掃員、マジで何者? 王様か何か?』

『アルヴィス頑張れwww相手が悪すぎるwww』


世界中の視聴者が、このシュールすぎる光景を目撃していた。

Sランクパーティーが、薄汚れた作業着の男に、ゴミの分別について熱く指導されている姿を。


「じゃあな。俺はこれから報告書を出さなきゃなんねえんだ。そこ、通してくれるか?」


ミナトは呆然とするアルヴィスの横を通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。

重たいゴミ袋を引きずりながら、背中で語る。

「英雄気取りもいいが、まずは身の回りの整理整頓から始めな」と。


ウィーン、と扉が閉まる。

後に残されたのは、聖剣の残骸とドローンを抱えたまま石像のように固まるSランクパーティーと、興奮の坩堝と化したコメント欄だけだった。


エレベーターの中、ミナトは一人、首を傾げていた。


「……今の連中、なんであんなに怯えてたんだ? 俺、そんなに怖い顔してたか?」


鏡に映る自分を見る。

マスクの跡がついた、冴えない顔。

どこにでもいる清掃員だ。


「まあいいか。早く帰ってシャワー浴びて、ビールでも飲もう」


彼は知らなかった。

地上に出た瞬間、報道ヘリのライトと数千人の野次馬、そして国家のエージェントたちに囲まれる未来が待っていることを。

そして、彼が「ゴミ」として持ち帰ろうとしている袋の中身(ドラゴンの素材)が、国家予算レベルの価値を持っているために、税関で大揉めすることになる未来も。


神宮寺ミナトの「平穏な日常」は、今、完全に崩壊した。

本人が望むと望まざるとにかかわらず、世界は彼を放っておかない。

最強の清掃員による、無自覚無双劇。

その幕は、まだ上がったばかりである。


(続く)

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