13.

 それきり氷夏こなつさんは話をしてくれなくなり、仕方なしに彼女との話はそれで切り上げて、今度はマネージャーの宇堂うどうさんを呼んできてもらうことにした。


 宇堂さんは心身ともに疲弊しきったように憔悴していて、力なく椅子に腰かけた。ここ数日の疲労のせいなのか、年齢よりも老けて見える。


「僕は捜査支援分析センターの八壁やかべと申します。少しお話をお聞かせいただきたく思いますが、どうぞ肩の力を抜いていただけたらと思います」


「はぁ……。ええ、まあ、何でも聞いてください」


 やり取りにも身が入っていないな。事情聴取は何度もされているだろうし、投げやりになっているのだろうか。


真白ましろさんは当時、歌唱力があまりにもひどくて不合格になったというようなことをお聞きしたんですが、そんなにひどかったんですか……?」


「ええ、まあ……。というより、真冬まふゆの歌唱力は目を見張るものがあり、アイドルとしては珍しく生歌で勝負できる逸材だったんです。真白さんもビジュアル面はアイドルとして売り出していけるものがありましたが、彼女をユニットに入れるとなると、生歌でのパフォーマンスは著しく下がってしまう。口パクにしてしまうと真冬の長所を殺すことになってしまいますから、不合格にせざるを得なかったんですよ。当時は今と違ってうちも実績がなく、育てるというよりは即戦力的な素材を求めていましたから」


「なるほど……。確か、社長と宇堂さんのお二人でプロデュースされてるんでしたよね?」


「軌道に乗るまでは、そうでしたね。今はほとんど私が主導してプロジェクトを動かしています」


 ということは、社長はもうほとんど〝UnAuTuMnアンオータム〟には関与していないのか。そうなると実質的に、ユニットに関わる決定権は彼が持っていることになる。


「メンバーの悩み事やトラブルについてのリスク管理はどの程度できていましたか? 例えば……春翔はるかさんの恋人についてはご存知でしたか?」


「薄々は……という感じですね。ここのところはメンバーのメンタル管理まで行き届いておらず、真冬と春翔の間で揉め事もあったということで、今更ながら反省しております」


 氷夏さんの推測が正しいのであれば、白々しい反応ということになる。もしそうだったなら、春翔さんの恋人について伏せるのはどういった理由からだろう。もう少しだけ突いてみるか。


「春翔さんのスマホを解析すれば、メッセージのやり取りの履歴なんかから、彼女の恋人の素性もじきに明らかになるでしょう。……本当に、心当たりはありませんか?」


 宇堂さんは押し黙ったままで、はいともいいえとも言わない。ここで心当たりはないと言わないのは、心当たりがあると言っているようなものだ。春翔さんの恋人の正体が宇堂さんではないにしても、その素性を知っている可能性は高い。そしてそれを隠そうとしている。何故だろう。


「では質問を変えます。真冬さんのSNSのアカウントに届いた〝みすゞ〟というアカウントからのDMについてはいかがですか? 真冬さんのアカウントにログインできるあなたがそれを知らなかったというはずはないと思いますが、真冬さんもしくは真白さんから何か相談はありませんでしたか?」


「それは……」


 宇堂さんまたも口籠る。答えられない、か。この問いに答えられないのは、単に回答が後ろめたい内容を含むからか、どちらでもない・・・・・・・から、の二通りだろう。


 僕の推測が正しければ、これに気付いた真冬さんは宇堂さんに被害届を出すよう訴え出ただろう。しかし、現実として被害届は出ていない。真白さんがそれを拒んだからだ。

 DMが送られてきていたのは真白さんの写真が投稿された時だけ。それもすべてではない。真冬さんは〝みすゞ〟はファンではなく悪質な輩だと認識しているようだった。しかし真白さんは違った見解を持っていた――いや、その正体を知っていたのではないだろうか。


「宇堂さんは真白さんから〝みすゞ〟というアカウントが何者なのか、聞いていませんか?」


「いえ、特には聞いていません」


 これにははっきりと答えた。これは答えられる質問だったようだ。


「先ほど、当時は今と違ってという話をされていましたが、改めて真白さんをデビューさせるということは考えなかったんですか? 〝UnAuTuMn〟の追加メンバーとしなくても、真冬さんの双子の妹ということで話題性は抜群でしょう。それに元々ビジュアル面では事務所も高く評価していたわけですし」


「そうですね……一度断られていた以上、再度話を持ち掛けるのはどうかとも思ったんですが。一応、話をしたことはあります。……結局また断られてしまいましたが」


 断られたのか。真白さんは話を受けたのかと思っていた。話を受けたからこそ、他のメンバーにはまだ話せなかったのかと思ったが。


「ちなみになんですが、今回発覚した真白さんの〝なりすまし〟については、真冬さんの雇用契約上は問題のある行為だったんですか? アカウントのIDやパスワードを教えていたわけですから、家族であっても情報漏洩になったり、アカウントを他人に利用させて自分の仕事と偽っていたわけですよね?」


「仰る通りです。ですから我々事務所も、彼女とはそうした責任の取り方についても話し合っていかなければいけないと思っています。春翔が殺害され、真冬も話し合いの結果によっては解雇という可能性もありますから、残された氷夏をどうするかというのも考えなくてはいけませんし」


 彼女は自分の口でもアイドル業に熱が入っているわけではないと言っていた。一人で悲劇のヒロインとして続けるくらいなら辞めるなんて簡単に言い出しそうだ。


「事務所としては、氷夏さんには残ってほしいんですか? ただでさえ彼女は元々イラストレーターとして活動していますし、何もアイドルにこだわらないという姿勢を感じます。真冬さんがいれば続けるという選択もあるでしょうけど、一人でも続けるかと言われると……」


「そうなんですよねぇ…………」


 宇堂さんから本気のため息が出た。実はこのユニットの一番の問題児は彼女なのかもしれない。


 一通り宇堂さんへの聴取も終わると、ひかりさんから連絡があった。


『今どこに居るんですか? センターを探し回ってもいないので、心配しましたよ』


 確かに彼女に一言残してから出れば良かったかもしれない。僕は仕事柄、センターからほとんど出ることはないし、その辺を探せばいるだろうとひかりさんも思ったかもしれない。


「すみません。今、容疑者の聴取に立ち会ってまして。でももう済んだので、これから戻りますね」


 社長からは直接話を聞かなくて良いだろう。今は社長はほとんどユニットと関わっていなかったようだし、わざわざ僕がつっつく必要もない。焦磨たちに任せよう。


 それより、僕の方もだいぶ収穫があった。〝みすゞ〟の正体も見当はついたけれど、ひかりさんの方はどうだろう。もしまだ正体を突き止められていないなら、彼女には黙っておこうか。僕もまだ確信が持てているわけではないし、変に先入観を与えては、せっかく調べてくれた情報の精度が下がるかもしれない。


 そして逆に、欲しい情報も出てきた。センターに帰ったらひかりさんに確認してもらうとしよう。

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