10.

「あのアカウント……〝悪いおじさん〟のことですか? これは刑事さんにも話したんですが、恥ずかしながら、私はそのことに全く気付いてなくて……。真白ましろからも何の相談もしてもらえてなかったですし」


 〝悪いおじさん〟に限ったことではなかったが、その様子だと他から何らかの脅迫を受けていても気付いていなかったのだろう。


「そうですか……。真白さんとは、いずれ〝なりすまし〟のことを公表するかどうか話し合ったことはありますか? というより、真白さんはそのことについてどう思っていたというのはわかりますか?」


「真白は楽しんでくれていた、と思います。熱心に更新してくれて、次はどんなのがいいかな、なんて話してくれました。いつかは公表するか、こんなことはもうやめるべきか、それは話そうとは思ってたんですが……話せないままで」


「この〝なりすまし〟って、どちらから言い出したことなんですか?」


「私です」


「理由は……真白さんと一緒に受けたオーディション、ですか?」


 はっと目を見開いて、真冬まふゆさんは観念したように俯いた。あまり言いたくないことだったのだろう。


「お見通しですか……。私はアイドルとして高く評価してもらえて、合格しました。ですが、ビジュアルに関しては真白の方が高い評価をもらってたんです。双子なのに。小さい頃からずっとそうでした。何故か真白の方がモテて、私は全然で。何が違うんだろうって思ってるまま、その答えを見つけられずに真白はいなくなっちゃいましたけど。

 真白がオーディションに落ちて落ち込んでいる時に私は、二人で〝真冬〟になろうなんて提案したんです。私にしか得のない提案だと思いました。でも給料の何割かを渡してでも、私は完璧なアイドルの〝真冬〟になりたかったんです。真白はお金はいらないから、たまに欲しいもの買ってくれたらそれでいいよって言ってくれて、化粧品とかゲームとか買うくらいで引き受けてくれて……」


 真冬さんは真白さんに対して、ビジュアル面のコンプレックスがあった。とはいえ姉妹仲は概ね良好で、殺意が芽生えるものとは思えない。どちらかと言えば、真白さんに対して罪悪感でいっぱいで、真冬さん自身が自死してしまいかねないとすら感じた。

 そして何かの拍子に、真白さんが真冬さんに対して不満を持った時、真冬さんはそれを拒めない関係になってしまっていたのではないかとも思った。


「わかりました。ありがとうございます。まだ傷も癒えないところ、不躾に色々聞いてしまってすみませんでした」


「いえ、大丈夫です。あの……春翔はるかを殺した犯人は、事務所関係者なんでしょうか。疑いたくはないですが、考えると不安で……」


 話を切り上げようとしたところ、真冬さんの方から逆質問が出た。刑事からは捜査状況に関しては教えてもらえなかったのだろう。僕だったら話してくれると思ったのだろうか。それほど信用してもらえたのは嬉しいが、生憎僕も話すわけにはいかない。


「真冬さんは、そう考えていらっしゃるんですか?」


「えと、状況的に、そうかな、と……」


 何故かここで言葉を濁した。これまでは比較的言葉に詰まることはなかったのに。


「まあ、連続殺人ともなれば、またメンバーの誰かが襲われる可能性もありますからね。不安になっても仕方ないと思います」


 僕の言葉に、真冬さんはほっと息を吐いた。


「早急に犯人を特定して逮捕できるよう尽力していますので、どうかもうしばらくその不安と戦い、耐えていただきたいです。僕の立場からはそんなことしか言えなくて、すみません」


「いえ、こちらこそすみません。早く春翔を殺した犯人・・・・・・・・が捕まることを祈ってます」


「では、次は氷夏こなつさんを呼んできてもらえますか?」


 はい、と答えて真冬さんは部屋を出ていった。


 ……なるほど。真冬さんは真白さんの時間に関してはかなり強固なアリバイがあった。だからこれを連続殺人とするなら真冬さんは容疑者から外れる。だけれど実際に話を聞いてみると、どうも不自然な点がある。全くの無関係、というわけでもないのだろうか。



 真冬さんが出ていって少しすると、真冬さんよりもやや小柄な子が部屋に入ってくる。この子が氷夏さんか。真冬さんと違い、見た目に飾り気がある。素材ではなく、魅せ方で相手に印象付けようというタイプのようだ。

 こういう子は頭が切れる場合が多い気がする。少し注意深く話を聞くことにしよう。


「こんにちは。僕は警視庁刑事部捜査支援分析センターの八壁やかべといいます。堅苦しい確認事項は省きますので、どうぞ肩の力を抜いてお話ししてくださると助かります。僕も堅苦しいのは慣れていないので」


「わかりました。答えられないことには答えなくても問題ありませんか?」


 確か氷夏さんは他の二人よりも二つ年下で、だけれどデビュー前には既にイラストレーターとして依頼をもらって仕事を受ける立場にあった。年齢にしては大人への対応に慣れているようなのは、そのせいだろうか。


「はい、構いません。ではまず氷夏さん自身のことについてお伺いしたいのですが、デビュー前からイラストレーターとして活動されていたそうですが、どうしてまたアイドルになろうと思ったんですか?」


「そうですね……端的に言えば、売れるため、ですかね」


「アイドルでありイラストレーターでもあるという、話題性を狙ったということですか?」


「まあ、そんなところです。オーディションに受かってから、顔出しをすることにしたんですよ。客観的に可愛いと認めてもらったようなものですし、何より若くて可愛い女の子だと、おじさんにちやほやしてもらえて、依頼もしてもらいやすくなりますからね」


 随分とたくましい子だな……。真面目な真冬さんとは、また違った意味でプロ意識が高いというか……。


「ああでも、それだけじゃないですよ。アイドルって、自分の魅力をいかに相手に伝えるかという職業だと思うんです。それってイラストも同じで、私が描くキャラクターの魅力がどうやったら見てくれる人に伝わるだろうって、いつも考えてるんですよ。だから私自身がそれを体現できれば、自然と絵を描くときもその意識を持って描ける気がして」


「それでモデル業もやってるんですか? モデルはイラストと同じで〝静〟の演出で魅せるものですからね」


「そう! そうなんです! アイドルは〝動〟で魅せるものですけど、私はどっちも必要だなって思うんです。イラストは媒体は〝静〟でも、中身が〝動〟のこともありますからね」


 つまり彼女にとっては、アイドルもモデルも、あくまでイラストを描くための経験値に過ぎないということか。彼女自身は本業はイラストレーターだと考えているのだろう。

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