9.

「えーっと、これで以上ですね。調査結果のほとんどが空振りみたいなものですけど、どうしますか? 他に何かできることはありますかね」


 ひかりさんは諦めたように肩を落とす。そう思っても仕方ない。結局、手口も犯人も目星は付かないままだ。ただ情報が増えていくだけ。これだけ情報が溢れているのに、決定的なものは何一つ得られていない。

 いや、本当に得られていないのだろうか。実はもう、特定できるところにいたりしないだろうか。今一度考え直す時間があった方が良いのかもしれない。


「これ以上、物的証拠から辿るのは厳しいような気がしてきました。少なくとも春翔はるかさんの事件に関しては、ユニットメンバーを含めた事務所関係者の誰かが関わっていることは間違いないと思います。ですから、僕は動機の面から考えてみようと思います」


「わかりました。では私は、面倒ですが駅前のカメラの方を洗ってみることにします」


 言い出しておいてこんなことを言えたものではないが、無理はしないでほしい。そう言っても、聞き入れたりはしないだろう。彼女だって、どうにかこの事件を解決に導きたいと思っているだろうから。


 僕らはここで一旦別れ、僕は焦磨しょうまに連絡を取った。容疑者の聴取に立ち会わせてほしい、と。そうしたら思いがけず、ちょうど一堂に会しているからすぐに来てくれれば、と返事があった。事務所に容疑者を集めて聴取をしている最中だったようだ。

 本来はこれも僕のやることではないが、刑事が聴取をするのと分析官の僕が聴取をするのでは、情報の掘り方も変わる。思いがけず、これまで見えてこなかった事件の一面を知ることができるかもしれない。淡い期待ではあるが、今は少しでも情報がほしい。できることは何でもやっておきたかった。



 芸能事務所は少し寂れたビルの三階に入っていて、近くの駐車場に車を停め、狭いエレベーターで上がっていく。と、事務所の入り口で焦磨が待っていてくれた。すっかり疲れ切っている様子で、僕の顔を見るなりほっと息を吐く。


「……お前が来るってことは、そういうことなのか?」


「いや、まだグレーってところだね」


 そうか、とだけ言って、事務所の中に通してくれた。応接間のような、ローテーブルを挟んでソファを向かい合わせた空間に、真冬まふゆさん、氷夏こなつさん、宇堂うどうさん、それから社長が集められ、他の刑事が事情を聞いている。


「同席するだけか? それとも直接話すか?」


「もし可能なら、直接話せたら助かるけど。お願いできる?」


「一人ずつがいいか?」


「そうだね。個室があるとなお良いかな」


 わかった、と焦磨が聴取している刑事と社長に話を通し、別室で一人ずつ話を聞く機会を作ってもらった。僕は先に部屋に待機し、テーブルを挟んで入り口から遠い方のパイプ椅子に腰掛ける。


 最初に呼んでもらったのは真冬さん。真白ましろさんの事件では最もアリバイが固く、恐らくその事件では直接犯行には関わっていないだろう人物だ。


 ノックした後で入室してきた彼女は、疲弊しきった表情で椅子に腰掛ける。もう何度もしつこく話を聞かれているようで、かなり機嫌も悪い様子。

 それでも実際に見た彼女はやはり真白さんによく似ていて、だけれど実際に見ると真白さんとは違うというのも改めて思う。


「こんにちは。警視庁刑事部捜査支援分析センターの八壁やかべといいます。僕は一応、肩書は警察官ということになっていますが、刑事さんみたいな立場ではないので、肩の力を抜いて話してもらえると助かります」


「はあ、そうですか」


「何度も聞かれていると思いますので、お名前を確認したりといった形式的なことは省略しますね。お時間も取らせては申し訳ないので、単刀直入に聞かせていただきます。〝みすゞ〟というアカウントについて、真冬さんはどういう見解をお持ちですか?」


 その名を出した途端、真冬さんの表情は一気に強張ったように見えた。そして同時に、強い憤りが溢れ出るような、しかし冷静にそれを抑えているようでもあった。ごくりと一度唾を飲みこんでから、真冬さんが口を開いた。


「えっと……どういう、と言いますと?」


 思ったことを直感的に言うわけではない。僕の質問の枠組みを確認したうえで、情報を選択しようとしている。これを理性的と捉えるか、慎重と捉えるか、何かを隠していると捉えるか、判断に迷う。


「ああ、えっと……聞き方が悪かったですね。すみません。真白さんのお姉さんとしてではなく、アイドルの〝真冬〟として、〝みすゞ〟はあなたのファンだと感じますか?」


 僕が言葉を付け加えたことで、少し真冬さんの表情が和らいだ。


「そういうことですか……。いえ、ファンの方だとは思いませんでした。直接的な暴言はありませんでしたが、ねちねちと顔が違うだ何だと事細かに言ってきて、最終的には自分で明かさないなら週刊誌にリークすると言い出したんですよ? 申し訳ないですけど、とてもファンの方のすることだとは思えないです。どちらかと言えばアンチですね」


「そうですよね。では、真冬さんではない、他のメンバーのファンというようには感じましたか? 僕はアイドル業界にはあまり詳しくないんですが、ファン同士が対立するということもあるらしいと聞きまして」


「それは……なくはないと思います。特に私は、他のメンバーのファンから恨まれているかもしれませんから」


 恨まれている、か。思いがけない言葉が出てきた。


「センターだから、ですか?」


「ええ、まあ。……実は、センターを交代する話もあったんです。シングルごとにセンターを変えるという案もありまして。まあ、事務所としては私をセンターに固定したかったみたいなんですけど。ある時、公式の企画配信でゲームをやりまして、それに勝った人が次の新曲のセンターをやるというものだったんですが……私はそれに勝ってしまったんです。それで結構叩かれまして。こういう時くらい譲れって」


「誰も手を抜いてなくても、ファンとしては歯がゆい思いがあったのかもしれませんね。ちなみに真冬さんは、センターを譲ろうという意思自体はあったんですか?」


 そう聞くと少し驚いた顔をされ、しかしすぐに真剣な面持ちに変わる。その眼差しには闘志にも似た強い想いが宿っていることを感じさせ、答えを聞かなくても充分に伝わってきた。


「ありませんよ。私はセンターに選んでもらったことに誇りを持ってますし、一度だってそれに慢心したりはしていません。それに、譲るなんてことは二人にも失礼ですから」


「なるほど。ありがとうございました。では、別の質問をさせてください。真白さんについてです。真冬さんから見て、彼女は〝みすゞ〟以外からも脅迫されている様子はありましたか?」

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