7.

 翌朝、早めに起きて朝食を作っていると、焦磨しょうまが起き出してきていつものように食卓に着く。先に起きた方が相手の朝食も作るよう決めているが、ほとんどいつも僕が作っている気がする。


「おはよう。よく昨日のうちに帰ってこれたね。大変だったんじゃない?」


 彼がいつ頃帰ってきたのかは知らないが、この時間に起きてくるということは、それほど遅い時間ではなかったのだろう。事件発生当日は、そのまま帰ってこないということも珍しくはないのだが。


 彼は大きく欠伸をしながら、スマホの通知を確認しているのかこちらを見ずに答える。


「まあな。とは言っても、結構めんどくさい現場だったからそのせいで手こずったっていうか……」


 焦磨によれば、今回の春翔はるかさんの事件の現場になったフォトスタジオは内部の造りがやや複雑になっており、控室が並ぶ階層の両端に当たる部屋がコの字型に繋がっているらしい。そのコの字の内側の部分に控室が何部屋か並ぶという構造だそうだ。

 その両端の部屋は備品庫として機能している部屋なのだという。そのせいで、各控室は想像よりも狭い部屋となっていて、個室といって差し支えない程度の部屋だったそうだ。入って正面の壁は一面の鏡張りになっていて、ちょっとしたテーブルと椅子があるだけのような状態。控室というよりは、更衣室というような位置づけだったのかもしれない。


「で、問題はここからなんだが、監視カメラがほとんどないんだよ。なんか知らねぇけど、以前に監視カメラの設置角度をいじって盗撮に使っていた職員がいたのが問題になって、控室周辺のカメラを撤去したんだと。控室の中が映るようにして、わざとノックしないで扉を開ける輩がいたらしい。監視カメラを無くしてもそれほど問題が起きなかったから、いっそもっと無くしてもいいんじゃないかってことになって、入り口と駐車場以外のカメラを撤去しちまったらしいんだよ」


「じゃあ、犯人の姿なんか映ってないってこと?」


「そういうこと。経費削減のつもりらしいけど、こういうことが起きた時に困るだろうがよ。あのスタジオは価格が良心的だからって売れてない業界人が使ったり、一部は一般人の依頼も受けてるらしくてさ。さすがにスタジオに出入りした全員を調べるわけにもいかなくて、あんまり成果はなしというか、そもそも調べるものがないっていうかさぁ……」


 それを聞くと、ますます事務所側が怪しく感じられる。そのスタジオで撮影をすると決めて話を進めていたのは事務所側だ。恐らく監視カメラのこともわかっていただろう。このタイミングで無理に決行したのも、何か作為的なものを感じてならない。

 だとすれば、春翔さんを殺害することはかなり前の段階から計画されていたのだろうか。


「とりあえず今のところの捜査で判明したことをまた送っておいたから、早いとこ犯人見つけてくれよな」


「犯人を検挙するのはそっちの仕事でしょ。僕はその手助けをするだけだよ」


 これも何度も言っているが、未だに彼は僕に頼りっきりになっている気でいるらしい。



 少し早めにセンターに着いたと思ったら、ひかりさんはもっと早く着いていたようで、荷物置いたら来てくださいと内線がかかってきた。

 何事かと思って行ってみると、春翔さんが殺害された時の写真の解析が終わったらしい。


「この写真について、現場からの情報を元に解析をしてみたんですが、そもそも奇妙なことがありまして」


「奇妙なことですか? 改めて言わなくても奇妙なことだらけだと思いますが……」


「まあそうなんですが、聞いてくださいよ。この控室に掛かっていた時計、反転時計だったんですよ」


 鏡越しで見ることを想定した、あえて反転させた時計。写真の上だけでは気付けないが、現場に行けば簡単にわかることだ。だから実際の風景を知らない者からすれば、ネットに上げられたこの写真だけでは何の違和感も持たないし、僕らもそれに気付かなかった。

 だけれどその情報を踏まえると、確かに奇妙と言わざるを得ない事実が浮上する。そう、この写真に写った時計は反転しているのだ。それはつまり、この写真は鏡のある方から扉の方に向かって撮影されたことを意味している。

 ならばこの写真は、被害者、犯人、撮影者の三人が居て成立していることになる。


「なるほど、確かにそれは奇妙ですね……」


「それだけじゃないんですよ。これを見てください」


 そう言って、僕をパソコンの方に招き寄せ、ひかりさんはモニターに例の写真を表示させた。それを補正処理したものを、続けて何枚か連続で表示させる。


「明るさを少しずついじって補正処理を掛けてみたんですが、この部分。ぶれているのかと思ってたんですけど、たぶんこれ、人の影です」


 春翔さんの姿をなぞるように、少しずれたところに人の形をした線が写っている。確かに春翔さんの輪郭がぶれているだけのようにも見える。画像自体がそれほど解像度が高くないだけとも言える。だけれどよくよく見ると、この線は春翔さんとはポーズが異なるのがわかる。


「人の影っていうかこれは……」


「お気付きになりましたか? そう、恐らくこれは反射した撮影者の像です。この現象が起きるということは、撮影者と春翔さんの間にはガラスのような隔たりがあるはずです」


 焦磨が言っていた控室の造り、反転時計、ガラスの隔たり……これらを総合的に考えると、あるものを使えば再現が可能だということがわかる。これも実際に調べてもらえばすぐにわかることだ。


「マジックミラー、ですか。控室にあった鏡だと思われたものはマジックミラーだったわけですね。スタジオの構造の資料は見ました?」


 はい、とひかりさんは頷く。僕だけでなくひかりさんにも焦磨の資料は送られてきていたらしい。スタジオの地図を画面に表示させて、ひかりさんは続ける。


「ちゃんと確認しないとわかりませんが、このコの字型になった備品庫と控室の鏡張りの壁が面しているところ。ここを備品庫の方から覗くと普通のガラス窓のように中が透けて見えるんじゃないでしょうか。だとしたら、この写真は備品庫の中から撮影されたもの。反転時計の件も、それで説明できます」


 マジックミラーは性質上、鏡面仕上げが施されている方が明るくないと効果を発揮しない。控室の中で電気を消して過ごすとは考えにくいから、備品庫内を暗くしておけば、ほぼ確実に控室内を透かし見ることができる。そして内部からはそれに気付くことができない。

 このスタジオは以前にも盗撮騒ぎがあったというのに、まったく凝りていないらしい。というより、一部の職員の悪事ではなく、組織的に行われていた盗撮だったのだろう。

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