10.

 目が覚めた時にはすっかり夜が明けていて、あれから一度も目覚めずに眠っていたらしい。起き上がると部屋の隅の方から物音が聞こえて、僕は寝ぼけ眼を擦りながら、音のする方へ視線を向ける。


「あ、八壁やかべさん、おはようございます」


 どうしてひかりさんがここにいるんだったかとしばし考えたが、僕も遅れておはようございますと返した。

 彼女は僕よりも少し早く起きていたらしく、畳んだ布団を部屋の隅に片していた。


 顔を洗っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえて、朝食が運び込まれてきた。もうそんな時間だったのか。慣れない環境に疲れていたのか、思いの外長く寝てしまっていたらしい。


 昨夜と同じように、彼女と向かい合うようにして朝食をとる。美味しそうに食べるひかりさんの姿を見ていると、何故か安心する。慣れない環境ではありながらも、その中に彼女がいてくれるだけで、不思議と心が落ち着くのだ。彼女が僕と相部屋になることを望んだのは、こうした理由も含まれていたのかもしれないと、今になって実感する。


「八壁さん、昨夜はよく寝てましたね」


 朝食を終えてお皿を下げてもらうと、ひかりさんはいたずらっぽく微笑みながら言う。改めて言われると何だか恥ずかしい。彼女は僕が先に眠ってしまった後も、少しの間起きていたのだろうか。


「そうみたいですね。ひかりさんは、ちゃんと寝られましたか?」


「うーん、まあまあですね。でも寝不足というわけでもないので、心配しないでください」


 それより、と話題を変える彼女。


「着替えるので、あっち向いていてもらってもいいですか?」


 昨夜は大浴場に行ったついでに着替えられたが、朝はそうはいかない。わかってはいたが、まさか僕が部屋に居ながらに着替えようとするとは思わなかった。

 しかしさすがの彼女も着替えを見られるのには抵抗があるらしい。一応僕が男だという認識でいるらしいことには安心したが、背後でひかりさんが着替えているのだという事実だけでも、僕にとってはあまりに居心地が悪い時間を過ごすことになる。


「それなら席を外しましょうか。事故・・があっても良くないですし」


「えっ、私を一人にするんですか……?」


 頑なに一人になりたくはないらしい。とは言っても、さすがにそれも限度がある。何かいい方法はないか。そう思って部屋を見渡して、僕は窓際を指差した。


「ではここに居ますから、何かあれば呼んでください」


「わかりました。あの……わがままばかり言ってすみません。あと、ありがとうございます」


 そう甘えたような笑みを見せられると、どう反応していいかわからない。僕は一人っ子だから、妹がいたらこうなのだろうかと想像するしかできない。もしそれが見当違いな想像だったなら、彼女のそれは、一体どんな間柄だったらごく自然な振舞いと受け取れるのだろう。


 ついでに僕も着替えを済ませてしまおうと、荷物を持って窓の傍らのスペース――広縁ひろえんの椅子に腰かけた。窓際は寒くはあるけれど、ここなら障子を閉めれば仕切られた空間になる。障子の向こう側を覗き見ることは叶わないし、これならひかりさんもいくらか気は楽だろう。


 ふと窓の外を見てみると、辺りは一面の雪景色で、今日も雪はちらちらと舞っていた。まるで霧の中にいるように、いくらか先は真っ白に染まっている。日の出ている時間ですらこうなのだから、もしこれが夜間だったなら視界はかなり悪いだろう。


 もしかしたら、行方不明になった子どもたちを捜索するのに紛れて雪玉を設置することは可能なのではないかと思えてきた。そう考えると、少なくとも雪だるまを置いたのは村の人間だった可能性は限りなく高いと思えた。

 それも、子どもたちの捜索に参加していても不自然ではない者。その者が雪玉の中身を知っていたのかどうか、雪玉を作ったのかどうかはまだ何とも言えない。しかしながら子どもたちの捜索が行われている中で、それらの目を掻い潜って雪だるまを設置するのは普通なら困難を極めるはずだ。


 これまで外部犯の可能性も考えてはいたが、その可能性はほとんど排除しても良いのではないだろうか。

 村の人間が今回の事件に少なからず加担しているとすると、逆に村の外の人間と共犯関係にあり、なおかつ村の子どもを殺害するに至る動機がわからない。酔った観光客が子どもを殺してしまい、何らかの理由でその後始末をしなければならなくなったのだとしても、三人も殺してしまうだろうか。

 それよりも、村の中だけで完結する事件と考えた方がしっくりこないだろうか。村の人間であれば土地鑑もあり、雪道の運転も慣れていて、子どもの捜索に乗じて夜間に出歩いていても不自然ではない。動機は、村の中での人間関係なのだろうか。


 ぼんやりと考えに耽っていると、障子の木枠を優しく叩く音が聞こえた。


「八壁さん、お待たせしました」


 障子を開けてみれば、見慣れた姿のひかりさんが立っていた。今朝方までの比較的自然体だった柔らかさのようなものは抜けて、いつもの凛々しさが戻っている。


山内やまうちさんたちが迎えに来てくれるのは九時半でしたっけ?」


「そうです。あ、もうこんな時間でしたか。本当にすみません、お待たせしてしまって。八壁さんは準備大丈夫ですか?」


「僕は大丈夫です。少し早いですが、行きましょうか」


 僕は広縁で待っている間に大体の支度は済ませてしまえた。時間もあと二十分ほどはある。万が一、不在時に旅館のスタッフが入ってきてもいいように、資料などは見えないところに片付けておいた。そうして最後に部屋の戸締りをして、旅館を出た。

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