9.

 食器を下げてもらってから、僕らは竹之中さんから渡された追加の資料を卓上に広げ、交互に目を通していく。

 今回の事件現場ではないが、事件とも関係があると思われる、雪姫祭りが開催されていた雪姫神社周辺の情報のようだ。


 雪姫神社はこの村の中でも標高の高いところにあり、本殿へ続く道は入り組んでいて、道を間違えると崖に出てしまうらしい。この崖は住民たちでも雪道で足を取られて転落してしまったり、ハンドルを取られて車ごと落ちてしまうということもあったようで、柵を設置するなどの対策をしてはいるが、それでも万全とは言えないそうだ。

 崖下には川が流れており、お祭りの時期は観光客が捨てたゴミが散乱するため、お祭り後の日中にボランティアで清掃活動を行っているらしい。今回も雪姫祭りの翌々日に回収作業が行われたそうだ。

 何かの手掛かりになるかもしれないということで、今回回収したゴミの一覧を写真付きでまとめてくれていた。〝祟り〟だと怯えている割りには、長野県警も几帳面な仕事をしてくれる。


「このゴミ、なかなかひどいですね……」


 こうしてリストで見てみると、観光客の民度の低さが浮き彫りになるようなゴミの数々。お菓子のゴミや屋台の食品のゴミ、缶やペットボトル、ポリ袋に始まり、手袋や靴、しまいにはキャリーケースまで捨てられていた。


「キャリーケースを捨てるって……持ち主はどうやって帰ったんでしょう。使い捨てのものしか持ってきてなかったんでしょうか?」


 ひかりさんの疑問はもっともで、少なくともここにやってきた観光客が捨てたものとして考えると、その理由は思い付かない。


「だとしても、捨てていきますかね……。キャリーケースそのものも使い捨てということですか? だとしたら、ケースの中にゴミを詰めて捨てそうなものですが……」


 発見されたケースの中には何もなく、崖下に落とされた時にできたと思われる傷や汚れはあるものの、ほとんど新品のようだったらしい。わざわざ捨てていくようなものだとは思えない。


 リストをよくよく見ていると、これらのゴミの中には他にもどう見ても観光客が捨てたものではなさそうなものも混じっていた。回収したこれらのゴミを処分する費用は自治体が持つことになっている。

 恐らくだが、この機会であれば粗大ゴミも自治体のお金で処分してもらえると踏んだ住民のものなのだろう。逆にこれだけのゴミの山は、子どもたちにとっては宝の山であることもある。人知れず誘拐するにあたって、ここは子どもたちを誘い出すにはうってつけの場所だったのではないだろうかとも考えられる。


 一応、崖下へは石階段と、車が下りることができる坂道があり、崖上と行き来ができるようにはなっているそうだ。雪の降り積もる石階段を上り下りするのは危険過ぎるので、村人の誰かが崖下まで車を出してあげると言って子どもたちを連れ出したのかもしれない。

 ただ現状、崖下で被害者たちの痕跡は見つかっていないそうだ。事件があったことで本来の清掃日よりも一日ずらして清掃を行うことになり、事件翌日に警察が捜査しても何も見つからず、事件翌々日に清掃を行っても成果はなかったという。


「少なくとも被害者たちがこの崖下に行ったというだけでもわかれば良かったんですが……。何も出ないとなると、ここには行っていないんですかね」


「こういう時、都会だったら防犯カメラなんかがあって、すぐにわかるんですけど……。ドライブレコーダーくらいはあるかもしれませんが、あっても吹雪の中じゃ、あまり当てにできないですもんね。っていうか、これじゃあ私がいる意味ってほとんどないですよね……? 今更ですけど」


 ひかりさんの所属する技術支援係は、主に防犯カメラやスマートフォンなどのデータ解析から証拠を集めていく部署だ。この田舎では、彼女がいかに凄腕の分析官であってもその腕前を発揮する機会はほとんどないだろう。それにも関わらず所長が彼女にこの件を任せたのは、現場を経験させる以外にも何か意図があるのだろうか。


「いえいえ、ひかりさんはデータ解析以外にも、僕にはない視点のひらめきをくれますから。頼りにしてますよ」


「プレッシャーかけないでくださいよ……。この事件、八壁やかべさんは解決できると思いますか? 今のところ私は、犯人にも犯行方法にも何の見当もついていないんですが……」


 ひかりさんは随分と弱気だが、解決できなかったという結果は何としても避けなければならない。それは彼女もわかっているだろうが、彼女の武器であるデジタルの分析ができないことで、力不足を感じているのかもしれない。

 だが、彼女の武器の本質はデジタルだけではなくて、溢れかえる煩雑化した情報を統合的に分析できる能力だと僕は思っている。今回のような、それぞれには大した繋がりのないような情報の数々を、解体して再構築し、紐づける思考力。僕にはないひらめきというものの正体がそれだと思っている。

 きっとまだそれができないということは、必要な情報が足りていないのだろう。ずっと僕と共に行動しているから、一人で集中できる時間も少ないのかもしれない。どうにか彼女の強みを発揮できる環境を整えてあげる必要があるのかもしれないな。


「解決できるかどうかというより……できないとマズいですよね、色々と。まあ、すぐに判断するのは難しいでしょう。明日は雪姫神社に行きますから、ついでに崖の下も見てみましょうか」


 時計を見てみれば、午後十一時を過ぎた頃だった。明日も朝の七時には朝食が運ばれてくることになっている。それまでに起きられるよう、あまり夜更かしはしない方が良いだろう。


「そろそろ寝ましょうか」


「そうですね」


 押入れの中にしまってあった布団を引っ張り出してきて、畳の上に敷く。

 広い部屋ではあるが、空間を仕切るものがない。座卓を部屋の隅に押しやって、スペースを空けてそれぞれの布団を敷くくらいしか工夫ができなかった。


「あれ、そんなに離れちゃうんですか?」


 なんて言いながら、ひかりさんが少し寂しそうに、わずかに布団をこちらに寄せてくる。


「あんまり近いと、蹴飛ばされても嫌なので」


「ひどいですね。私、そんなに寝相悪くないですよ」


 わざと意地悪く言えば、彼女もわざとらしくむくれてみせる。

 彼女が僕に対して気を許してくれているようなのは嬉しいが、あくまで僕らはただの同僚に過ぎない。距離が近すぎるのも考えものだ。この相部屋は不可抗力のようなものだし、あまり調子に乗って甘え甘やかすようなことをするのは良くないのではないか。

 そんな僕の考えを吹き飛ばすように、ひかりさんは屈託のない笑顔を向けてくる。


「何だかお泊り会みたいでわくわくしますね。寝られるでしょうか」


 彼女は恐らく、僕のようにあれこれ考えてなどいないのだろう。僕ばかりが考え過ぎて空回っているようで、滑稽に思えてしまう。


「寝ないと、明日起きられませんよ?」


「そうは言われてもですね……。恋バナでもしますか?」


 彼女にしてみれば、どうやら女子会のノリのようだ。僕は女友達か何かだと思われているのだろうか。だとすれば彼女が僕と相部屋にしたのも、こうしてやたらと距離が近いのも納得だ。

 彼女が仮にそう認識していても、実際には僕は男なのだから、ある程度の線引きはしてほしいものだが。


「電気、暗くしますよ」


 強引に部屋の電気を一段暗くして、橙色の豆電球の明かりが部屋を包む。外は生憎の雪模様だが、雪が反射した白々とした光が障子越しでも明るく照らしてくる。

 渋々といった様子で布団に入るひかりさんとは反対側を向いて、僕も布団に入った。電気を完全に消しても外が明るくて、部屋の中は真っ暗とはいかない。

 それでも会話がなくなれば、部屋はしんとした静寂に包まれて、かえって言いようのない緊張を感じてしまう。意識しないようにしていても、僕のものではない呼吸音と、布団の中でもぞもぞと動く音が聞こえてくる。


「……八壁さんは、私と一緒でも緊張とかしないんですか?」


「しますよ。しないように見せてるだけです」


「……そう、ですか」


 それきり少しの間があって、また彼女の方から声が聞こえた。


「おやすみなさい、八壁さん」


 その声におやすみなさいと返して瞼を下ろすと、自然と眠気に抗えなくなって、僕はそのまま眠りに落ちていった。

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