11.

 入り口の近くを見回してみると、まだ時間には早いが山内やまうちさんと竹之中たけのなかさんが車の脇で煙草をふかして待っていた。


「ああ、お疲れ様です。ここの宿はどうでした? 東京に居ちゃあ、なかなか温泉なんて入れないでしょ」


 相変わらず、ひかりさんは僕の背に隠れるようにして、二人と少し距離を取っている。煙草の煙が苦手だと彼女から聞いたことがあるし、それもあるのだろう。


「ええ、いい湯でしたよ。ごはんも美味しかったですし。今度はぜひ観光客として来たいですね」


「そりゃあいい。ぜひ彼女さんも連れてまた来てみてください」


 そうしてちらと僕の後ろに目を向ける山内さん。わざわざ僕と竹之中さんとの会話に割って入ってまで言いたかったことがそれなのか。

 その言葉に返すのに少し間を空けてしまうと、僕が口を開くのとほとんど同時に隣の竹之中さんが山内さんの脇を小突いた。


「やめないか、そういうことを言うのは」


 顔に出ていただろうか。しかしきまりが悪そうにする竹之中さんと対照的に、山内さんは何故小突かれたのか、いまいち心当たりはないらしい。


「そういうことって?」


 山内さんの返答に、今にも怒鳴り散らさんとする竹之中さん。この二人はどうも、あまり相性が良くないのだろうか。朝から諍いを見るのも疲れてしまうので、僕は二人の間に入り、話を本題に戻す。


「あの、今日は予定通り雪姫神社の方へお願いできますか? できれば、神社の裏の崖下とやらも見てみたいのですが」


 わかりました、と竹之中さんが携帯灰皿に煙草を潰して入れる。


「ただ……申し訳ないですが、崖下までは案内しかねます。なにぶん道が悪くて……お恥ずかしながら我々のような素人にはとても進めないんですわ。先日私たちも村の者に車を出してもらって崖下の捜査を行ったくらいですからねぇ」


「では神社までで構いません。無理を承知なお願いでしたから、こちらこそすみません」


 僕らは昨日と同じ車の後部座席に詰め込まれ、雪景色の中を進み始める。

 東京と違う自然豊かな風景は、町というよりもまさに村という印象だ。スーパーもコンビニもほとんどない、賑やかさよりも静けさが漂っている。


 車に揺られながら周囲の民家の様子を見てみるが、特に変わった特徴があるわけでもない。造りが古そうな家が多く、家の中を密閉しようにもテープの類で隙間を塞いだとして、それで密閉できるのだろうかとも思った。

 特徴というわけでもないが、民家の様子も東京とはだいぶ違うなと感じる。二世帯住宅が多いのだろうが、大きな家が多く、車も一家で何台も保有しているようだ。軽トラックを保有している家も多い。荷台にはブルーシートのようなものが被せられていて、その上には雪が積もっている。荷台に直接雪が積もるのを防いでいるのだろう。

 車の横に農具が止められている家もあるが、見たこともない機械は何に使うものなのかわからなくて、結局怪しいのか怪しくないのかの判別はつかなかった。


「〝雪姫伝説〟について調べるなら神主に聞くのがいいと思いますが、当然私たちも一応の話は聞いていますからね。あまり得られるものはないんじゃないかと思います」


 ふと、こちらに振り返ることもなく竹之中さんがそんなことを言う。


「神主さんの語る〝雪姫伝説〟は、一般的に知られている〝雪姫伝説〟と特に変わりはないんですか?」


「そうですねぇ。まあ、我々もこの村の人間ではないので、本当のところを話すまいとしているのかもしれませんが。妙なことといえば、この伝説は実際にあったことに由来しているとかで、それ故に〝祟り〟なのだと言ってましたね。それ以上詳しいことは聞けず、調べてみましたがそれらしい事件もありませんでしたけれどね」


 やはりそうか。そして警察が把握している事件に該当がないということは、事件そのものが隠蔽されている可能性が高いということだ。村の中で処理されてしまい、しかしながらその罪を忘れないために伝説となった。

 そう考えれば、昨夜あの老爺が言っていた雪姫祭りは贖罪という言葉とも繋がる。



 雪姫神社に着いても、今は祭りも終わったからか、人はまったくいない。外観は一般的な神社と特に変わりはないように思う。規模としてもそれほど大きいわけではない。

 伝説のこともそうだが、僕は本殿へ向かう道中にある崖とやらを確認したいと思っていた。崖下に誤って転落してしまいかねないような場所なのかどうか。そして、観光客は崖下にゴミを捨てていくというが、祭りに来た観光客が通りそうな場所なのかどうか。それを確かめたかった。


 竹之中さんと山内さんには車で待っていてもらい、僕とひかりさんで神社の石段を登っていく。雪が掻かれた形跡があるが、その上からまた雪が積もっていた。

 石段を登り終えて鳥居をくぐると、正面にお社がある。その脇に見える小道を行くと、本殿にたどり着くようだ。お参りに来たわけではないので、正面の社は一度無視して、わき道を進んでいく。この道は雪が掻かれておらず、既に誰かが踏み歩いた跡を辿ることでしか道がわからない。雪が積もっていてわからなかったが、道には砂利が敷かれていて、足場はかなり悪そうだった。


「ひかりさん、大丈夫ですか? 気を付けてくださいね」


「それはこっちのセリフですよ。八壁やかべさん運動できなさそうですから、気を付けてくださいね」


 その通りなので何も言い返せないが、そう言う彼女は僕とは対照的に、危なげなく進んでいく。僕の方が後れを取っている様は、情けないと言うほかなかった。


「結構高いですね。落ちたら死にますよ、これ」


 先を行くひかりさんが崖にたどり着き、少し離れたところから下を確認していた。

 僕も少し遅れて彼女に追いつき、同じように崖下を見下ろす。何メートルくらいあるだろうか。意識していなかったが、この村の標高自体がそこそこ高いのだろう。

 確かにこれは、あまり積極的に下を見たくはない。崖下には大量の雪が積もっていて、自然に積もったにしては量が多いのと、土に汚れたような色をしている。


「掻いた雪の廃棄場所として、崖下に落としてたんですかね」


「子どもが入るだけの雪だるまを三つ作るのに必要な量は、充分ありそうに見えますね。雪はここから調達したんでしょうか」


 ひかりさんがそう指摘するが、雪がここから調達されたのかどうかを確認する術は、もはやない。もう雪だるまに使われた雪も残っていないだろうし、成分を調べたところで同一性を担保することは難しいかもしれない。

 ただ現実的に、その方法は可能と言えば可能なのだろうことはわかる。

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