XXX

「ねえ、ドミニク。時間を巻き戻してすべてやり直しましょうよ。何もかも無かったことにして」


俺の名前はジョン。サイバーシティの底辺で暮らす男。ドニミクと呼ばれたのは、いま見ているBTの設定で、彼女の名前はフローレン。やわらかな金色の長い髪に白いドレスの素敵な女性。

俺はいまBTの中でタイムループしている。少し困ったことにBTに読み込ませた中古の記録媒体が故障していて、BTによる瞑想タイムが延々と続いてしまっている。俺はそのことを認識しているのだが強制終了させる手立てがなく、現実世界の俺は誰にも邪魔されず、夢見心地でベッドに寝転がったままだ。

そうこうしている内にBT内部が冒頭のシーンに戻される。これで何度目だ。


「ふうん、貴方ドミニクっていうの。よろしく」


フローレンは最初は冷たい態度で接してくるが、彼女へ親切にするうちに心を開いて、彼女が抱える問題を打ち明けてくれる。それは彼女自身が時間を操る能力を持っているということだ。ただし、能力は万能ではなく彼女自身の記憶なども戻される。つまり過去に時間を戻した場合、彼女自身もそれを認識できない。

それをBTのプレイヤーは物語として外から見ているわけだから、神視点で真実を知る存在として振る舞える、というわけなのだが……。

攻略方法が解らず、かつ飽きたので終わらせようとしたら、壊れていてコマンドを受け付けない事態に陥ってしまったわけだ。


「いいのよ、こんな怪我。貴方との思い出だと思えば。時間を戻したくないの」


俺自身、このヒロインのことは嫌いじゃないし、彼女のことを救ってやりたいが。

『リアルな』友人のマイキーは一週間ほど出稼ぎに行く予定で尋ねてはこない。他に俺の部屋のドアを叩くのといえば、怪しいセールスにしつこい宗教の勧誘くらいなものだ。

一週間もBTを繋がれっぱなしで飲まず食わずだと死んでしまう。だが、それを外から助けてくれる存在も今はいない。

BTの中にダイブしていると現実の時間感覚は薄くなる。俺はいまダイブして何時間経った……? それとも何日? こんなことなら違法な中古品のBTなんてやるんじゃなかった。ひと昔前に流行したタイムループネタのレトロBTなんて。


「わたし達ってどこへ行けばいいのかな。自由なんてもうないのかな」


俺の見立てだと、これが流行ったころは社会的な行き詰まりが顕著になっていた時代で、経済成長の停滞や制度の失敗が続いていたらしい。当時の人間からすれば、時代をやり直したい、という欲求に作品が応えたのだろうか。

俺の今の時代はどうだ? やり直したところでスタートラインから詰んでる。フローレンのような人間との出会いもない。BTに溺れる毎日。

とびきり美味いピザを食べるよりも、時間がかからなくてリーズナブルで味がそこそこの宅配ピザや冷凍ピザがあれば十分で、必死に努力するよりも寝るかBTにでも没頭することに時間を割きたい。


「死ぬことへの抵抗を一生懸命にやる。それが生きるってことじゃないかしら」


シナリオも終盤に近付いてきた。再びオープニングに戻されるだろう。死への抵抗……。そう、フローレンの言う通り、俺は生きるのであれば、このBTのループから抜けるために必死になるべきだ。

それなのに俺はそこまで必死になれていない。BTの中にいるまま死んでも、現実に戻っても、何が違うんだ。


「ねえ、ドミニク。時間を巻き戻してすべてやり直しましょうよ。何もかも無かったことにして」

「……。……今より良い人生なんてどこにあるっていうんだ。君がいて、未来に歩いていける」

「ドミニク、愛してるわ」


急に目の前が暗くなった。いや、明るくなくなった。

薄暗い天井、汚い部屋。

いつもの俺の部屋だ。時計を見ると半日も経っていない。

「はぁ〰〰〰」長い溜息がでる。それは安堵というよりも、『なぜ戻ってきてしまったのか』だ。クソみたいな現実に戻るくらいなら、あのままBTの中で死んだほうがマシだと一瞬思ってしまった。

タイムループネタなのに、タイムループを断るのが良いなんて。もっと途中の選択肢とかかと思っていたのに。


冷めたピザを炭酸の抜けたビールで流し込む。

不味い。

ああ、クソッタレ。生きている。

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