プレアデスの空

雪村灯里

真夜中の会議

 コーヒーを飲みながら夜空を見上げた。オフィスの窓枠に切り取られた景色は、いつもと変わらない。

 真っ黒なキャンバスに、何億光年前の光が煌めく。みんなは見飽きて嫌いと言うけれど、私はこの宇宙そらが好き。


「おばあちゃんも、地球からこの空を見たのかな?」


 仕事終りのコーヒーブレイクは、柄にもなくセンチメンタルになる。本場地球産のコーヒー、いつか飲みたいな。


 さて、明日は朝からジムに行きたいからもう片付けて帰らないと。これ以上長居して、面倒に巻き込まれるのもゴメンだわ。


 私はPCの電源を落して帰る準備を始める。ジャケットを羽織り、鞄を持った。その瞬間、個人端末が淡く光って震えた。


『コウサカ室長へ。緊急事態が発生しました! 30分後に緊急会議を開きます。5階A会議室にお集まりください。オンライン参加は下記のURLからお願いします。――プレアより』


 星とコーヒーを味わい過ぎた。本来ならオンライン参加一択だけど……今の私は運悪く社内に残っている。仕方ない、このまま会議に参加しよう。



 ここは超長距離星間移動船「プレアデス」。私、高坂こうさかリセはこの船を保守する仕事に就いている。この船で生まれ育った、地球系宇宙人だ。


 夢中で仕事をしていたら、あれよあれよと面倒な地位に持ち上げられてしまった。


 会議室前で、がっちりとした体格の中年男性と鉢合わせする。シュシュケ部長だ。『絶対零度のナイフ』と言う二つ名が良く似合う、冷静沈着で真面目な紳士だ。


「シュシュケ部長、夜勤当番お疲れ様です」

「……リセ、こんな時間まで残っていたのか?」

「ええ、鉄火場デスマーチでした。この緊急会議のレジュメ届きましたか?」

「いや、まだだ。よほど緊急らしい」


 私達が入室すると、オンライン参加者が既にいた。座席に置かれたモニターに、ふっくらとした中年男性が映る。


「いやー、2人ともお疲れ様。僕だけオンラインですまないねー」

「いえ、サイ次長こそ。寝ていたのに起こされましたね?」

「えーっ? なんでわかるの??」


 私は自身の髪を触ってみせた。こちらの映像もサイ次長に届いている。彼は気づくと慌てて自身の寝癖を撫で付けた。


 参加者は私を含め3人。顔ぶれを見ると、船内環境部門の責任者が揃っている。

 私達が席に着くと、正面のサブディスプレイに悲しそうな顔文字が映し出される。


『皆さま、夜分に申し訳ございません。緊急招集に応えてくださり感謝します。定刻になりましたので会議を始めます』


 この声の主は『プレア』。この船のメインシステムだ。鈴が転がる様な可愛い声に反して、見た目は顔文字のような表情のみとシンプル。

 親しみやすくデザインされた彼女。でも今は、申し訳なさそうに目尻と眉尻が下がっている。


「プレア、何が起きたの?」

『実は、実は……たすけてくださぁい!! 私、相談できる人が御三方しかいなくて!!』


 わんわん泣く彼女は、トラブルの内容をメインディスプレイに映した。



――会長が勝手に、天候データを変更しちゃいました。




「「「はぁーー……」」」




 3人とも、驚きと言うより『またか』と言った呆れ混じりのため息が漏れる。


「会長が勝手に・・・という事は……」

「ああ、ご子息たち――社長や幹部も知らないだろう」


 ですよねー。


 弊社には『生ける伝説』と言うか、『新種の妖怪』と呼ばれる会長がいる。先代から会社を受け継ぎ、この船の保守事業を勝ち取った豪傑である。当時安定しなかった船内環境を、ナナメ上行くトリッキーな思考と行動力で改善したのだ。


『会長が、本物の空を見せてやる! って……』


 ご子息たちよ、しっかり見張ってくれ。それにプレアも呼ぶなら今ではなく、会長がデータを弄っている最中に呼んでくれたらいいのに。はぁ……。


 サイ次長も、面倒そうに意見した。


「え~! もう、そのまま映そうよ? 会長直々の空だし~」

『はいぃ……。そうしたいのも山々なのです。これを見て頂けますか?』


 プレアは新たな映像をメインディスプレイに映した。


 画面にはいつもの星空が映り――やがて紫、ピンクへと空の色が淡くなる。

 空の端からオレンジ色の太陽が顔を出して登り始めた。


「えー!!」

「何だ、これは……」

「うそ……」


 太陽はオレンジから白へと色を変えて天頂へ辿り着くと、周囲には真っ青な空が広がっていた。

 そして、空には綿のようなもやが浮かび、悠々と流れる。


 みんな言葉を失った。とても幻想的な映像ではある。しかし、これは……


「え゛ー!! こんなの、僕達が知ってる空じゃないよ!!」


 確かにそう。私達が船内で見る空とはかけ離れていた。私達は会長の創った天気を解析する。

 

「晴れの他に曇り、雪、雷など幾つかの天気があるようです。さらに四季によっても微細な差がありますね」

「ふむ。合理的では無いな。会長のデータでは光量と日照時間が足りない」


 シュシュケ部長の言う通りだ。プレアデスの天気は合理的に作られている。居住区の天気には人間の体内時計を調節する役割を持たせ、農業地区では植物の生育に適した光を採用している。


「えー! 僕達、病気になっちゃうよ~。じゃあ、会長には悪いけど、すっとぼけて修正前のデータに置き変えればいいんじゃない!? バックアップあるんでしょ? プレア」


 人間のうっかりに対しても、きめ細かくサポートしてくれる彼女だ。バックアップはとっているはず……。と思ったら、プレアが泣きだした。



『私もそうしようと思って、バックアップを取っていたら……会長、バックアップデータも探し出して上書きしちゃったんです~』



「「えええっ!?」」

「…………」


 バックアップを上書き!? 消すんじゃなくて!? 


 削除したデータは復元できるかもしれないが、上書きしたデータは救えない。会長の新しい天気には執念すら感じた。



「えー! お手上げじゃないか。じゃぁ、会長のデータで行くしかないかぁ」

「そうだな。直ぐに健康被害が出る訳でも無い」

「休み明けにデータを作り直しましょう」


 私達はアイコンタクトを取り、頷きながら結論付けた。私達に今出来る事は無い


 しかし、プレアは食い下がる。


『お、お手上げしないで下さい!!』

「だって、今の私達には何もできないもの」

「そうだよ~。それに、会長の独断なら責任は会長。幹部から怒られるのは会長だからねー」


 そう、それである。私達は会社員だ。ある程度の権限を持っていようとも、それより上には逆らえない。会長もご子息たちに怒られればいいのだ。


 だけどプレアは諦めない。資料を拡大して私達に見せた。


『こ、これを見てください!!』


 責任者の項目に、私達三人の名前が連なっている。


「「え゛っ?」」

「…………」

『若い奴の手柄にしてやろう♪ って、言っていました』


 あのジジイ。勝手にデータをいじるだけでは物足らず。責任を私達になすりつけるとか……。ご子息に怒られたくないだけだろ!!


『夜明けまでに解決しないと、全方位からクレームが来ます!!』


 クレームで済めばいい方だ。減給だの降格だの面倒なことになる。私達は再び席に着いた。


「プレアから、社長や幹部に証言してくれない?」

『会長から息子たちには内緒♪ と言われたので、残念ながら証言できません』


 ここはうっかり証言してほしいなぁ、プレア。


「ひ~。僕達は何もしていないのに。今日は眠れないよ」


 考え込んでいたシュシュケ部長が顔をあげた。覚悟を決めた彼の目の下には……濃いクマが刻まれている。


「…………。俺達の責任に成るなら、俺達の好きなように空を作るか?」


「「えっ?」」


 どうしました? 絶対零度のナイフ、違うもの切っていません?? シュシュケ部長は段々と饒舌になる。


「前々から意見は出ていたんだ。空が味気ないとか、もっと有効活用できないかとか」

「いやいや、シュシュケ部長落ち着いてください。余計拗れませんか?」

「むー。そうだね。僕はもっとエンタメ性を持たせた方がいいと思うんだよね? あとは広告媒体に使ったりね」

「いいですね」


 ダメだ。二人とも睡眠不足と疲れで、正常な思考が出来ていない。


「リセは何か案はあるかい?」


 あー……。


「高坂さん! もー、こうなったら好き勝手やろうよ!!」


 ああーー……。


『でも、会長のも少しは残しておかないと、拗ねちゃいますよ??』


 あああーーー……!!



 そして、翌朝。


 会長が作った天気『晴れ〜夜明けver.〜』が再生された。

 人々は空を見上げ、初めて見る空に言葉を失っている。


 艦内がざわついているのが、オフィスからでもわかる。


 だが日が昇ると、空はいつも見る真っ白な景色に戻った。体内時計調整光だ。

 人々は『あ、戻った』など口々に言いながら、日常生活に戻っていく。

 この光はシュシュケ部長がどうしても譲れなかった物だ。さすが健康志向。


 そして空は、赤い光を放つ。これは夕焼けでは無い。美肌に良いとされる光だ。私の案である。光は毛穴引き締める効果のある青色に移り変わった。


 ここら辺から、問い合わせの数がぐんと跳ね上がる。


 そして、サイ次長の求めるエンタメ性。鳳凰というゴージャスな架空の鳥が青い空を舞い、黄金の竜がコインを撒き散らしながら空を泳いだ。縁起のよさそうな映像である。


 内線と端末の通知が鳴りやまない。


 最後にテロップが流れた。

『この天候は試験的に作られたものです』

 これはついさっき、正気に戻ったシュシュケ部長が急いで入れた文だ。

 

 徹夜明けのシュシュケ部長は自席で頭を抱え、サイ次長は高熱が出て休みらしい。


 コーヒーを飲みながら空を見上げる私は、プレアに話しかけた。


「プレア、地球に帰ろうか?」

『そうですね。地球の空の映像を撮りに行きましょう。提言してみます』


(了)

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プレアデスの空 雪村灯里 @t_yukimura

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