第一話『一度目の奇跡』




「――――手間をかけさせおって!」


処刑場から修道院へ連れ戻された私は、司祭に酷い折檻を受けた。

大聖堂の巨大な十字架の前で、背中を鞭で百回打たれ、起き上がることもできなくなった。


「よりにもよって聖夜の前日に!不敬者め!恩知らずめ!明日はどれだけ背中が痛もうとも、今日の手間分の仕事をしてもらうぞ!」


明日は神がこの地に降臨した記念日だった。

朝から晩まで、聖堂は信徒で賑わうことだろう。


「なぜですか……?」


まともな答えが返ってこないとわかっていながら、私は訊ねる。


「最も不敬なのは、聖夜の前日に処刑を実行した国王では?そもそも、処刑自体、教義に反する行いでは?司祭様、貴方が罰するべきは、私ではなく国王なのでは――――」


「黙れ!」


司祭は私の背中を激しく鞭打った。

すでに服は裂けている。むき出しになった肌を鞭は容赦なく抉る。


「――――!」


私は声にならない悲鳴をあげる。

司祭は狂ったように鞭を振り下ろしながら、私を罵る。

痛い。辛い。苦しい。

けれど三人の受けた仕打ちは、この程度ではなかったはずだ。

そう思いながら、私は眼前の十字架を睨み付けた。


「貴様が処刑を免れたのは、神のご加護があったからだ!その感謝を、一晩中祈り捧げるがよい!」


折檻に疲れた司祭はそう吐き捨てると、大聖堂を出ていった。

十字架の下に、私は一人、残される。

真夜中だった。辺りは静まり返っているはずだった。

けれど私の耳は、金切り声のような耳鳴りで塞がれていた。

全身が心臓になったように、鼓動を打っている。

熱された鉄棒を押し付けられているような、激しい痛みに襲われている。

手足の先には感覚がない。

春が近いはずなのに、窓の外で雪がちらついているのが見える。

ひれ伏した石畳は氷のように冷たい。


「神のご加護……?」


カチカチと歯を鳴らしながら、私は呟く。


「そんなものがあるなら、なぜ彼らは死んだの……?」


天井高くに吊るされた十字架に、私は手を伸ばす。


「貧しい人たちのために戦った彼らに、どうしてあんな仕打ちができるの?」


十字架は遠く、地に這う私では、到底触れることはできない。


「彼らを救わずして、なにが神か」


私はそれでも、手を伸ばし続ける。


「貴方がなにもしないから、私たちは立ち上がった。それなのに貴方は、私たちを助けるどころか、見殺しにした。あんなにも残酷な運命を、彼らに与えた」


私は神を深く憎んだ。


「なにが神だ。なにもしないのなら、いないのと同じじゃないか……!」


私は祈った。

祈りというより、呪いだった。

怒りの呪詛を、私は吐き捨てた。


「実在するのなら、奇跡のひとつでも起こしてみろ!」


そのとき、十字架に伸ばした手が、なにかに触れた。

糸のように細いそれを、私は迷わずつかみとった。


それは神の奇跡だった。




私は一人、生き返る。

すべてをはじめた、あの日に。

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