第3話 返事のない朝

三中柔道部は週に3日、朝7時半から朝練がある。

月、水、金の隔日だが、よりによって今日は水曜日である。

寝不足が辛いが、朝練は朝練。サボるという選択肢はないし、俺みたいに浮いてる奴がサボったら後で何を言われるかわかったもんじゃない。


俺の家は三中から50メートルしか離れていないので、通学時間がほぼ0分なのが幸いである。多分全校生徒の中でも指折りの近さだろう。


そのせいか、朝練に来るのが一番早いのも俺である。職員室で鍵を借り、武道場の鍵を開ける。


一礼して武道場に入り、一人でストレッチをしているうちに、ちらほらと部員がやってきた。

後輩の広瀬と木下が挨拶してきたので俺も挨拶を返すが、同期の松田と先輩の高橋は挨拶してこないので俺もしない。


挨拶くらいしろよって思うけど、しない奴に挨拶するほど俺は人間ができていないのだ。というか挨拶しなくなったのは、いつぞや挨拶を無視されたからだ。まあ、これは愚痴だな。


そんなことより、昨日の澤村のメールが気がかりである。まだ返事が来ていないのだ。


いや………あれはもう完結したのかな?内容を考えるに、別に返事してもしなくてもいい。

ただ、返事がきたら嬉しい、それくらいだ。


そう自分に言い聞かせているうちに、部員が揃って朝練が始まった。


三中柔道部の朝練は校舎の外周をランニングするところから始まる。

このランニングも入部した頃はキツくて大嫌いだったが、今ではウォームアップにちょうどいい。俺も成長したもんだ。


突然だが、ランニングをする時に頭に浮かぶのは何のことだろうか?


キツいと思ってる?ペースを上げることを考える?それともリズムを刻んでる?

まあ今の俺は澤村のメールのことしか頭にないんですけどね。


もう、ケータイを確認したい欲がすごい。朝練ではランニングを終えた順に武道場に戻ることになっているので、俺はぐんっとペースを上げた。

だってケータイ確認したいんだもん。


一番乗りで武道場に戻った俺は、水分補給もそこそこにリュックからケータイを取り出す。


………まあ来てないよな。


仕方ない。返事してもしなくてもいい内容なんだから………続けられる内容で送ればよかったな。


まあ、後悔したところでどうにもならん。

俺はケータイをリュックに放り込んで手洗い場に向かい、ぬるい水道水をガブ飲みした。



8時半。朝練を終えて教室に向かうと、自然と目が澤村を探していた。


うん、いるね。


澤村は自分の席ではなく、二宮という仲のいい女子と立ち話をしていた。

教室に入ってきた俺に気づいたのか、一瞬だけこちらに視線を向けたが、すぐに視線を戻した。


ふーむ、教室で話すとか普通に無理だよな。


メールするだけであんなに緊張したのにどうしろと?俺にできるわけがねえ。


席に着いて目を閉じていると、隣の席に谷本がやってきた。


「よーす。今日も寝不足?俺、3時まで起きてた」


「よっす。万年寝不足に決まってんだろ」


谷本はクラス替えで仲良くなった男子だ。

背は俺より高くて、分厚いメガネをかけている。彼は毎日遅くまで夜更しして、アニメやゲームに没頭するのが趣味の、いわゆるオタクである。


とにかく夜更しがステータスみたいに思っているらしく、何時まで起きていたかを報告するのが日課みたいになっている奴だ。青白い肌と、目の下に浮かべた濃いクマが彼の不健康さを物語っている。


まあ、寝不足なのは俺も同じだ。遅くまで読書に耽るのはいつものことだし、お年頃だからムラムラして眠れないことも多々。これはみんなそうらしい。


「なんかテンション低くね?」


谷本が指摘してくるが、俺は普段からテンションが高い方じゃない。それでも低く見えるとしたら、理由はお察しの通りだ。


「俺より寝てないくせにテンション高いお前がおかしいんだよ」


「そりゃお前、深夜テンションが続いてるからな!」


寝不足すぎて逆にテンション高いの、わかる。だから谷本はいつも変にテンション高いんだろうな。

谷本をテキトーにあしらいながら、俺は澤村の後ろ姿を目で追っていた。



1時間目の英語、2時間目の理科の授業は寝て過ごした。谷本も同じく寝ていた。


ようやく目が覚めてきた3時間目は数学の授業だ。

先生が何を言ってんのか全然わからんが、とりあえず起きている。そのまま寝てもよかったが、俺の目は澤村に向いていた。

澤村の席は俺から見て2列隣の斜め前方で、微妙に横顔が見える程度だ。


昨日の今頃は澤村の横顔なんて何とも思わなかったのに、今日はずっと目で追ってしまう。


頬杖をつきながら澤村の横顔をぼんやり見ていると、澤村の視線がちらりとこちらを向いた気がして、慌てて目を逸した。少ししてから視線を戻すと、澤村はもう前を向いていた。気のせいか。


それにしても意識しすぎてキモいな俺は。昨日まで何とも思ってなかったのに、ちょっと接点ができた程度でこれだ。まったく嫌になるね。


俺は先生が板書しているうちにリュックからケータイをそっと取り出し、机の中に隠しながらメールの受信ボックスを開いた。



……そりゃ返事来てねえよな。



結局、放課後まで澤村からの返事は来なかったし、澤村が話しかけてくることもなかった。

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Since1995─好きになる前の、好きだった頃 和泉海 @Izumi1119

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