第2話 初めてのメール

会計を済ませてレジから戻ってきた澤村は、すれ違いざまに「またね」と声をかけてエスカレーターを降りていった。


………女子とメアド交換しちゃったよ。

誰もいなかったアドレス帳の「さ行」に追加された「澤村春花」の名前を、俺は何度も見返す。


いや、いかんいかん。さっさと新刊買って帰ろう。

帰ったらシャワー浴びて飯食って、一人打ち込みをやって、それから眠くなるまで読書タイムだ。ダラダラしてる暇はない。


俺は有川先生の新刊を手に取り、レジで会計を済ませると、ダッシュで家路についた。



「255ッ!……256ッ!……257ッ!」


夜8時、俺は庭に出て一人打ち込みを繰り返す。

一人打ち込みというのは柔道の投げ技のフォームを固めるための稽古のことだ。俺の場合はゴムチューブを縛り付けた庭木を相手に見立て、一本背負投を繰り返す。

熱気を帯びた身体は、バケツで水を被ったみたいに汗だくで、さっき浴びたシャワーが全力で無駄になっているが、気にしない。

今日の自分より少しでも強くなりたい。そんな一心で続けている日課だが、今日はどうにも集中できない。


早く新刊を読みたい。


理由はこれに尽きる。


別に澤村とメールしたいからじゃないぞ。楽しみにしてきた新刊だし、早く読みたいのは当たり前だ。


「272ッ!……273ッ!……………あーもう、ダメだ。集中できん」


集中力を欠いてフォームが崩れてきた。これ以上やっても稽古にならないと判断した俺は、500本のノルマをこなすのを諦めて家に引っ込んだ。


再びシャワーを浴びて自室に戻り、布団に寝転がって新刊のページを捲る。


…………やっぱり有川先生の文章、好きだなぁ。読書はいい。こうして物語に没頭している時は、日々のストレスを忘れられる。特に好きな作家の新刊なんて最高だ。


1時間ほど経っただろうか。

ページを捲る手が止まらなくなった頃、枕元に置いていたケータイがブーブー震えた。メールを受信したのだ。

俺は驚いた猫みたいに飛び跳ね、慌ててケータイを開いた。

差出人は─澤村春花。


なに、もしかしてもう読み終わったの?早すぎじゃね?

俺はおっかなびっくりしながらメールを開いた。



『件名:澤村で〜す😊


本文:

さっきはびっくりしたよ😳💦

でも有川浩の話できて

すごく楽しかった〜♪


帰ってすぐ読み始めちゃったよ📚✨

まだ途中だけど

やっぱり面白いね〜!


紺野くんも読み終わったら

感想きかせてね(*´ω`*)』


……………………。


うおおおおおおおおおおおおおおあああああああッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!


心臓が口から出るかと思った。なんかドォン!て音したもん今。呼吸も時間も止まってた。


じょ、じょ、女子から初めてメール来たッッッッ!!!!!


なにこれ、女子ってこんなに絵文字使うの!?

てか文章可愛いな!?

ふぉおぉおうッッッ!!!!


………いかん、落ち着けマヒロ。メール来たのはいいけど返事ってどうすればいいんだ?


なんて書くのが無難?てか絵文字って使ったほうがいいの?

わっかんねぇ………世間の女慣れした奴らはどんなメールを返してんの?


もはや本を読むどころではない。俺はうんうん唸りながら返事を書いては消し、書いては消しを繰り返す。


自慢じゃないけど語彙力はある方だと思う。勉強は嫌いだけど、読書が趣味なおかげで国語は得意だ。

でもさ、国語の授業で女子とのメールの仕方なんて習ってねえもん。

そもそも正解あんのか?あったとしても辿り着ける自信がまるでない。


俺はケータイを閉じてノートを開き、文章の構成を考え始めた。


考えるに、文字の量は同じくらいがよかろう。けど、普段使わない絵文字を使いこなせる気がしないし、ここは普段友達とやり取りするみたいに絵文字を使わない方がいい気がする。そもそも「!」とかも使わねえしなぁ…。

でも素っ気ないと思われるのもなんかなぁ……


結局、返事を完成させるまで1時間、さらに送信ボタンを押すまで20分かかってしまった。


『件名:Re:紺野です


本文:

こちらこそ楽しかった。

俺も読んでるところだけど、相変わらず面白いね。

澤村の感想も楽しみにしてる。


『楽しかった』に!をつけるかどうかで10分悩むとかバカなのか、俺は。


メールを送ってしまってから、急に恥ずかしくなってきたけど時既に遅し。送ったメールは消せないもんなぁ……


送信ボックスで自分の返事を読み返して、味気ねえ文章だなとか、つまらん奴だと思われそうだな、とか色々考えて悶々としているうちに日付が変わっていた。


結局、深夜1時に眠りにつくまで、澤村から返事が来ることはなかった。



まあ……澤村は寝るの早そうだしな。


知らねえけどさ。

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