第3話 謝れ、全国のゴリラに。

 事件は、ある午前の家庭科の時間に起こった。

 火をつけていないタバコを加えたエプロン姿の女性教師が教卓でけだるげに、


「よーしガキ共ぉ。5人1班になって来週の調理実習で何を作るか決めとけぇ」


 そう言ってから、ケツでパイプ椅子をきしませると足を組み、競馬新聞を広げ始めた。


 この人に家事が務まるならゴリラでも専業主婦になれそうだ。

 専業主婦がバカにされるのは先生のせいだと思う。

 謝れ、全国のゴリラに。


「架礼斗、来週何作る!?」


 電光石火の早業で視界に叶音がスライドしてきた。

 そこへ、交通違反者を見咎める婦警のような勢いで元華が鋭く割り込んでくる。


「班も組んでいない人があたしと架礼斗の班に割り込まないでくれる?」

「お前とも組んでいないぞ?」


 左右の肩に、誰かが手を置いてきた。


「えっと、ごめんね架礼斗……わたしたちと組んでくれるかな?」


 右肩をつかむ小柄な女子は雨宮歩美。

 栗毛のボブカットヘアから伸びるワンサイドアップヘアが可愛い童顔女子だ。

 元華と仲がいいらしい。


 一方で左肩をつかんでくるのは黑井百合花(くろい・ゆりか)。

 長身ロングヘアーとクールな美貌に眼鏡が似合う腹黒の爆乳乙女だ。

 叶音とは旧知の仲である。


「安心したまえ、取って喰いはしないさ」

「眼鏡をくいくいしながら言われても恐怖しかねぇよ」

「ふっ、そう抗うなよ少年」


 おない年だろ。


「どのみちキミと組んでくれるものなどいないさ、ほれ」


 百合花が視線を横に投げる。

 彼女の背景では、他の生徒たちが全力で背中を向けながら班決めをしている。

 ただし全員、スマホのインカメラで俺らのことを盗み見ていた。


 なんという技術の無駄遣い。

 バカに技術を与えた結果がこれである。

 義務教育の限界を感じてめまいがするね。


 だが、俺はめげない。

 見せてやるよ百合花。

 男の友情って奴をな。


「なぁ山之内、俺をお前らの班に入れてくれないか?」


 野郎は眉根を寄せて、


「は? お前が俺らの班に入ったら誰が朝比奈と東雲の喧嘩を止めるんだよ」

「警察とか?」

「いいけど着信履歴を汚すのはお前だぜ?」


 山之内は吐き捨てた。


「そう言うなよ。俺らは仲間だろ?」

「当たり前だ。だから友情の名の元に骨はちゃんと拾ってやるさ」

「先に助けろよ」


 イケボを作り、山之内は凛々しい表情で、


「いいか元条。オレは友達という肩書を利用してお前が苦しむさまを安全圏の最前列から眺めていたいだけの悪友ということを忘れるな」

「自ら悪友を名乗る人類はお前が始めてだよ」


 俺は下唇を突き出した。


「そう不景気な顔をするなよ」


 悪魔契約を持ちかける地獄の詐欺師のような顔を寄せてくる。


「キミにとっては両手どころか両手両足に花のハーレム班だ。悪い話ではないだろう?」


「メスライオンの群れの間違いだろ?」

「え、わたしライオンだったの!?」


 歩美がしたたかにショックを受けて固まった。


「お前は唯一の良心だよ」


 俺は彼女の小さな頭を撫でた。

 歩美はほんのり赤くなった。

 可愛い。


 ――でも実際、他に選択肢ないんだろうなぁ……。


 調理実習中、二人が喧嘩することは必至。

 燃え盛る炎をバックに包丁を構えるキリングマシーンと化した二人に巻き込まれる無辜の小市民たちという地獄のような光景を想像して、頭が重たくなる。


 未然に防げる惨事をみすみす見逃し警察沙汰になれば、俺の繊細なハートは罪の意識に苛まれて夜も眠れないだろう。

 まったく、我ながら損な性格に生まれたもんだと頭の中で小石を蹴りたくなるね。


「わーったよ。おい、時間も無いんだ。早く何作るか決めようぜ」


 振り返ると、


「歩美ぃ~、何あんた架礼斗に頭なでてもらっているのよぉ~」

「まさかアンタ架礼斗狙ってんじゃないでしょうね!?」

「ひぃ、ちがうよぉ~」


 何故か歩美が二人から首を絞められていた。


 ――無辜な小市民が早くも犠牲に!?


 歩美を守ろう。

 そう心に誓った。


   ◆


 授業開始から五分後。

 班が決まると、おのおの机を向かい合わせにくっつけ合い、話し合いを始めた。

 女子だらけのキャピキャピした班、野郎同士のむさくるしい班、男女入り乱れる陽キャ班。


 雰囲気は多種多様ながら、どこもわいわいと楽しそうに話し合い、青春の匂いが香り立つ。

 これぞ十代にあるべき日常だろう。

 なのにどうして俺は会議中のサラリーマンみたいな顔をしているんだろうね。胃薬が欲しいよまったく。


「それで諸君、何を作るかね?」


 百合花が配布されたプリントを、合体した机の中央に突き出した。

 ちなみに、席順は俺の左隣が元華、左前が歩び、目の前が叶音、右隣が百合花である。


「先生の提示したメニューは三種類。難易度1、カレーライス。難易度2、オムライス。難易度3、ハンバーグと卵焼きの和風定食だ」

「「和風定食よ!」」


 二人がハモった。

 意外な展開に俺は肩透かしだった。


「なんだお前ら、随分気が合うな」

「「別に、偶然でしょ?」」


 とハモってから、元華は右を向いて、ルーズサイドテールの毛先を指で弄んだ。


「ふっ、架礼斗にあたしの料理の腕前を見せつけるチャンス。カレーやオムライスじゃあたしの料理にならないわ」


 叶音は左を向いて、眼鏡の位置を直してニヤリ。


「ふふ、うまいこと立ち回ってハンバーグか卵焼きはアタシ一人で作るのよ。そして合法的にアタシの手料理を架礼斗に。うくく」


 二人は背中合わせに、悪魔的表情で肩を震わせた。

 早くも暗雲立ち込める光景に、俺の不安はマッハで加速した。


「おい百合花。俺当日風邪で休んでいいかな?」

「それはいいね♪ お見舞いという口実ができて二人も喜ぶよ」

「俺は健康優良児です」


 口笛を吹く百合花に力こぶを見せつけた。


「え、えーと、じゃあみんな、デザートどうしようか? これは自由課題だけど……」


 歩美が控えめに問題提起した刹那、野獣二人の眼光が鋭利に閃いた。

 目の前に座る叶音は椅子を倒す勢いで立ち上がり、机に手をついてきた。


「断然パフェよ! フルーツと生クリーム盛り合わせてめっちゃ映えるしぃ♪ 写メってインスタ上げるんだぁ♪ 彼氏と作りましたって♪」


 元カレだぞ。


「和風ハンバーグの後にパフェなんて重たいわ!」


 負けじと立ち上がり、元華も机の上に乗り上げるようにして手を着いた。


「ここは上品に抹茶寒天なんてどう架礼斗?」


 元華が俺を見下ろしてくると、叶音が嚙みついた。


「何よ抹茶寒天て。そんな地味ダサいの架礼斗に食べさせんじゃないわよ!」


「抹茶寒天はあたしと架礼斗が最初のデートの時に食べた思い出の味なのよ! バカにしないで!」


「なにそれアンタの都合じゃん! アタシのパフェは架礼斗と最初に家で作ったお菓子っていうオフィシャルな理由があるのよ!」


「どこが違うのよ!?」

「全然違うでしょぉ!?」


 互いに犬歯を剥き出し合い額を押し付け合う二人。

 両手を机についているのでまるで四つん這いの獣そのものである。


「ふっ、両者そろって女子力が高いな元カレ殿?」


 百合花は俺の肩に肘を乗せて来た。


「この姿に女子力を感じる男子がいたら眼科を勧めとけ」


 俺は苦み走った声を返した。




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