第2話 「何よアンタ元カノを裏切る気!? 付き合っている時はめっちゃ大事にしてくれたのに!」 「付き合っていたからな」

 叶音は眼鏡越しに怒りの眼光を光らせながら、


「何よアンタ元カノを裏切る気!? 付き合っている時はめっちゃ大事にしてくれたのに!」

「付き合っていたからな」


 俺は平坦な声を返した。


「別れても大事にしなさいよぉ!」

「ふっ、架礼斗に捨てられた元カノが見苦しいわよ!」


 涙目の叶音に、元華は下唇に手の甲を当てて勝ち誇った。


「捨てられていないわよ!」

「じゃあ貴女が捨てたの? ならなおさら見苦しいわね!」

「んぎぎ」


 元華が嘲笑するように肩をすくめると、叶音は赤い後れ毛を揺らしながら怒り心頭に発した。


「そういうアンタはどうなのよ!」

「あたしのことはどうでもいいでしょ!?」

「うっさいバーカ! 初恋の初カレにフラれた負け犬女! ぐっ、胸が……」

「鏡を見なさい! 元カレに未練タラタラのストーカー女! あれ、涙が……」


 全てブーメランである。

 自分で自分を傷つけるな。

 親に謝れ。


「たく……」


 胸を押さえる叶音と目元を拭う叶音。

 これ以上の非生産的自爆行為を止めるべく、俺は骨を折ることにした。

 死後は天への門が開かれるに違いない。


「おい叶音。お前もうちょっと化粧薄くしてもいいんじゃないか?」

「何よ架礼斗! 元華の肩を持つの!」


 隣で元華が結婚雑誌ゼクシィを読み始めた。

 俺はなげやりに、


「ちげぇよ。そんなに化粧厚くしたらお前の可愛い顔が見えないだろうが」

「かわっ!?」


 叶音の頬がサクランボみたいに赤く染まって頬が緩んだ。

 隣で元華の目からハイライトが消えた。怖い。病むなヘラるな。


「せっかく可愛いんだから素材を活かせ。お前ならすっぴんでもいいくらいだ」

「むっ」


 表情が急転直下。

 叶音はゆるむ唇をとがらせた。


「ひっど! これは今年の新色なの! アタシにとってメイクがどれだけ大切かアンタ知っているはずでしょ! あったまきた! 架礼斗が可愛いって言うまでメイクやめないから!」


「いや可愛いは可愛いんだよ」

「だめ! 心がこもっていない!」

「え~……」


 胸の下で腕を組み、叶音はふくれっつらでそっぽを向いた。

 なんだろう。

 付き合っていた頃の三倍めんどくさいぞこいつ。


 ――仕方ないな。


 俺はすみやかにターゲットチェンジ。

 瞳孔が開き切った瞳で、鉛筆の先端を鋭利に研いでいる元華へ、


「なぁ元華、あれぐらい見逃してやれよ。お前先生でも風紀委員でもないんだからよ」


 漆黒の瞳に光が戻った。


「学級委員としてクラスメイトの校則違反は見逃せないわ! これを見なさい!」


 小柄な女子に手を伸ばして、手渡された紙を広げる元華。

 そいつはお前の秘書なのか? 優秀だなぁ。


「ほら、派手なメイク例と酷似しているわ」

「そうかぁ? にしてもこの絵うまいな? 誰が描いたんだ?」


 元華の背後で、小柄な女子が頬を赤らめ、うちまたで手をもにょもにょさせた。

 お前か……。優秀だなぁ……。


「これで架礼斗もあたしのほうが正しいってわかってくれたでしょ? さぁ、一緒にあのケバ女に正義の鉄槌を下しましょう! 愛の共同作業よ!」

「拳を作るな」


 そして愛はどこから持ってきた?


「何勝手に決めているのよ! 架礼斗はたとえ世界中がアタシの敵に回ってもアタシの味方って言ってくれたんだからね!」


「お前が言えって言うからな。親の前で」

「あたしにだって死んでもお前の味方だって言ってくれたわ!」

「お前が言えって言うからな。スマホ片手に」


 二人はリング中央で力を比べをするプロレスラーのように互いの手を合わせ、握力の限りを尽くしながら額をぶつけ合った。


「アタシのほうが付き合っていた時、愛されていたわよぉ!」

「あたしのほうが絶対に愛されていたわよぉ!」


 もはや何の争いかわからない。

 元カノ同士の喧嘩を元カレたる俺は半分当事者、半分蚊帳の外で眺望するしかなかった。


 しかし、


「「ちょっと架礼斗! 見ていないで止めなさいよ! あんたがハッキリしないからでしょ!?」」

「叶音のメイクジャッジじゃねぇのかよ」


 俺はへの字口を作った。

 頭をかきながら、やれやれとまた叶音に歩み寄る。


「あのな叶音」


 彼女に目線を合わせるように、両肩に手を置いてやや屈んだ。


「さっきは悪かったよ。お前の化粧うまいし、化粧したお前も超可愛いよ」

「ッ」


 叶音は不意打ちを喰らったように目を丸くして赤く固まった。

 俺は、ライブ直前に癇癪を起こしたわがままアイドルをいさめる敏腕マネージャーのように饒舌な口調で、


「でもな、だからこそフルメイクは大切な日にしたほうがいいと思うんだ。ただでさえそこらの女子より可愛いのに普段からフルメイクしていたら他の女子が可哀そうだろ? むしろナチュラルメイクでなおフルメイクの女子より可愛いのが最高にカッコイイと思わないか?」


 叶音の顔に、みるみる満開の笑顔が咲いていく。


「え~、やっぱそ~お~。架礼斗ってばわかってるぅ~。じゃあ薄くしてあげるね。元カレ好みのメイクも元カノの務めだし♪」


 そうだな。絶対に違うな。うん。


 けれど心の中でガッツポーズ。

 叶音は、こういうちょっとわざとらしいぐらいの誉め言葉が大好きだ。

 嘘ではなく、あくまで本音で言うのがコツだ。


 ――さて、これで問題解決だな。


 振り返ると、元華が殺意の波動に目覚めた顔で俺を睨んでいた。

 怖っ!? なんで!? 俺なんかした!?


「今すぐ貴方を殺せばあたしの勝ちよね?」

「何の勝負に!?」


 一方で、ふわふわ夢心地声の叶音が興奮気味に、


「ね、ねぇ架礼斗ぉ……そんなにアタシのことが可愛いなら、ほら、土下座して頼めばまた付き合ってあげてもいいわよ?」


「え、やだ」

「なんでよぉ! もういい! トイレでメイク落としてくるから! ナチュラルメイクのアタシの可愛さにトキメいても遅いんだからねっ!」


 カカトで床を踏み鳴らしながら、叶音は教室を出て行った。

 そのうしろを、眼鏡をかけたロングヘアーの女子がこそこそとついていく。

 それからたっぷり三秒。

 叶音が教室から遠ざかった頃に、教室内で拍手が巻き起こった。


「うぉお! 流石は架礼斗!」

「俺らにはできないことをやってのける! そこにシビれる憧れるぅ!」

「大岡裁きぃ!」

「キャー、ステキー、イケメーン、ダイテー」


 最後のは山之内である。


 男女もおしみもない拍手喝采に、俺はどっと疲れた息を吐く。

 サラリーマンならネクタイをゆるめて風呂に入りたい気分だぜ。

 元華も、やや肩の荷が下りた表情だ。


「助かったわ架礼斗。叶音に校則を守らせてくれてありがとうだわ。やっぱり頼りになるわね」


 ちょっと大人びた微笑に、俺は苦笑を返した。


「どういたしまして。じゃあその鋭利な鉛筆をしまってくれるか」

「あら? どうしてあたしはこんなものを持っているのかしら? 危ないわね」


 こいつと距離を取りたい。心身ともに。


「ねぇ、架礼斗」


 机の上を、白い指先で愛おしそうにひとなでしてから、元華は声を甘く潜めた。


「なんだかんだでいつもこうやって助けてくれるけど、そんなにあたしのことが好きなの? だったらそうね、どうしてもって言うなら今回のお礼にまた付き合ってあげても――」

「けっこうです」


 断った。食い気味に。


「……そう……けっこう(OK)なのね?」


 元華の目が怪しく光る。


「いいよそういのは」

「いい(OK)のね?」


 怪しい手つきでにじり寄って来る。


「いらないって意味だよ!」

「なんでよ! 付き合ってくださいと言いなさいよ! 学級委員長命令よ!」

「どんな命令だよ!? つうかよぉ!」


 俺は吐き捨てる。


「俺らもう二年になったしお前もう学級委員長じゃないだろ?」


 元華の表情が死んだ。

 教室の空気が凍り付いた。

 白磁の肌にガラス細工のような目の顔が、すっと天井を向いてから、


「元カノが実質今カノなんだから元学級委員長は実質今学級委員長よ!」

「元カノは今カノじゃねぇよ!」


 元カノで元学級委員長の元華。

 昔の栄光に頼り過ぎである。


【本日の教訓:元華は彼女以前に学級委員ですらなかった】



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