元カノ同士が喧嘩していたらどうすればいいんだろう?

鏡銀鉢

第1話 「「元カレなら元カノを大事にしなさいよ!」」「元カノだから大事じゃねぇんだよ!」

 初カノはいつですか? 

 と尋ねられたら、諸君はなんと答えたいだろう?


 小学生と答える輩はマウントを取りたいだけだ。無視して良い。

 大学生と答える輩は臆病すぎる。自信を持て。

 一生いらないと答える輩はこじらせている。雛鳥を見守るように温かい眼差しで見守ってあげるのが人の道だ。


 やはり多くは中高生と答えたいものだと俺は思う。

 反論は認めよう。


 だが、まずは最後まで話を聞いて欲しい。


 青春。

 それは一生に一度しか訪れない恋のボーナスステージ。


 若くて恋に積極的な異性数百人と一緒に通う中学校、そして高校は、まさに政府公認のお見合い会場である。


 しかし、人の夢と書いて【儚い】と読むことをご存じだろうか。

 多くの少年少女が小学生の頃に夢見る憧れの学園生活。

 アニメに漫画にドラマに映画。

 あまたの青春作品に魅了され、誰も彼もが頬を染めながら中学の制服に腕を通し、バラ色の学園生活の中に淡い桃色遊戯を期待したことだろう。


 衝撃的な出会い。

 運命的な再会。

 劇的な危機。

 乗り越えた先に育まれるトキメキ。


 そして一握りの勇気の後に訪れる絶頂の瞬間。


 己の恋物語がいつ始まってもいいよう、全力で身構える。


 心の中では自分の名前を書き込んだ婚姻届けを口にくわえ、クラウチングスタートのポーズで屈んでいることと思う。


 そして何も起きないまま三年が過ぎる。

 中学生なんてまだまだキッズ。

 小学生の延長。

 本番は高校生さ。


 心の中でダンディなポーズをキメながら大人の余裕をひとつまみ。


 そうしてその姿勢のまま、さらに三年が過ぎた頃に気付くのだ。


 あ、自分の青春終わった。


 過去は変わらない。

 時間は巻き戻らない。

 ボーナスタイムは終了。


 待っているのは年齢イコール恋人いない歴の恋愛弱者ルート。


 情報過多の時代、そんなことはみんな誰もが知っている。


 だから今日も今日とて俺ら高校生は恋に奮起する。

 果報は寝て待てなど誰が言った。


 恋とは、さすまた片手に盗んだ馬で走り出すくらいの行動力がなければ捕まえられないと知るが良い。


 という内容のショート動画を見せられた俺はジト目で一言。


「バッカじゃねぇの」

「んだよつまんねぇな……」


 前の席に座る悪友、山之内(やまのうち)が眉間にしわを寄せながら抗議してくる。

 それでも、俺の表情筋は一ミリも動かなかった。


「あいにくとまったく共感できねぇな。恋愛なんて個人の自由だろ。オワコン説だってあるんだぜ?」


 釘を刺すように言い含めるも、山之内はまったく堪えない。


「あのなぁ元条(もとじょう)、オレらはもう高校二年だぜ? ボーナス期間は残り三分の一しか残っていないんだ。このまま彼女の一人もいないまま卒業したら地獄へまっしぐらだ」


 まるで赤点からの夏休み補習コースのコンボを喰らったような顔で、山之内は苦い声を漏らした。


「だとしても何故それを俺を話す? 勝手にナンパでもしていろ」


 会話を打ち切るように、俺は自分のスマホを取り出した。

 それでもなお、山之内は食い下がってくる。

 まるで大正時代の高利貸しのようにあくどい顔をしながら、


「何故って……おいおい隠すなよ旦那。お前、女子の知り合いとか多いんだろ? だってお前は――」

「校則違反ですよ叶音(かのん)さん! すぐにメイクを落としてきてください!」

「はっ? なんであんたに、んなこと指図されないといけないのよ!?」


 山之内のダミ声を遮るように、二つの美声が割り込んできた。


「学級委員長として、風紀の乱れは見逃せません!」


「学級委員長と風紀委員のどっちなのよアンタは! 元華(もとか)こそハリウッド女優みたいな髪型して校則違反じゃないの!?」


「なっ、これはルーズサイドテールという普通の髪型です! 彼氏だって『お前のやわらかさと美しさを備えた最高の髪型だよ』って褒めながらキスしてくれました! そういう叶音さんこそ何ですかその手の込んだ髪型は。アニメのヒロインですか?」


「違うし! これはシニヨンっていう結婚式とかのパーティーで結うやつだし! 彼氏だって『お洒落で可愛いし一目でお前だとわかっていいな』って言って、キスしてくれたんだから!」


「はんっ、年がら年中頭の中がパーリーピーポーな貴女にはお似合いですね。貴女の彼氏さんて本当にセンスの塊で素敵で最高のキングオブ彼氏さんですね!」


「バカにしてんの!? そういうアンタだって何がやわらかさよ! 頭ガッチガチの鋼鉄女の癖に! こんな堅物冷血女に騙されて彼氏さん可哀そう! 本当、ピュアで純粋一途で彼女を大切にする王子様みたいな人よね!」


「はっぁん!?」

「あっぁん!?」


 そのまま、二人は知性と気力の限りを尽くし、互いを罵り、汚し合い、ノーガードで舌戦を繰り広げた。


 夫婦喧嘩は犬も食わないとは言うが、この二人の喧嘩はゴキブリだって素通りするだろう。


 しかしクラスメイトたちは意外と盛り上がっているから、人間の悪食ぶりはバクテリア並と言えよう。

 頭が痛い。


「おい元条、そろそろ止めろよ。血が流れる前に」と、クラスのA君。


 俺はスマホの放置ゲーをタップした。

 額の先で、山之内がへらへら笑う。


「ご使命だぜ、元条」


 なんて嫌味な笑みだろう。

 山之内が喜ぶ時は大体俺が不機嫌な時だ。

 俺とこいつの機嫌は反比例する。


 つまりこいつを不幸にすれば俺は幸せハッピー。

 世界中の不幸よ、山之内の元へ。

 俺は切に願った。


「なんで俺なんだよ。先生を呼べ先生を」


 ぶっきらぼうに答える俺の顔を、山之内は妖怪ぬらりひょんのように覗き込んできた。


「先週、仲裁に入った体育の五里松(ごりまつ)先生が返り討ちに遭ってPTSDを発症して入院したばかりじゃねぇか。諦めろ。あの二人を止められるのはお前だけだぜ。アー勇者様、ドウカ怒レル邪龍ヲ倒シテコノ村ヲオ救イクダサイ」


 途中、突然裏声になって哀れな村娘風の演技を始めやがった。

 こんな気色悪い娘さんに助けを請われたら、俺でなくとも邪龍側につきたくなるだろう。


 誰か鈍器を。バール的な。

 背筋に寒気を、右手に破壊衝動を感じながら、俺は重たい溜息を吐いた。


「しゃーねぇ……」

「キャーステキー。イケメーン。ダイテー♪」


 一人三役をこなす不愉快物質から一刻も早く遠ざかるべく、踵を返した。

 もっとも、向かう先も大して変わらん。

 まさに前門の虎、後門の狼である。世界はもっと俺に優しくあれ。


「おい、何をそんなにモメているんだ?」


 両手に血塗れのチェーンソーとマチェットを幻視しそうな迫力を感じる二人の背中に声を掛ける。


 すると、二人は殺意の波動に目覚めた形相で睨んできた。将来結婚式で流したら破断になるレベルである。

 おい顔。


「いいところに来たわね架礼斗(かれと)! この岩石女がアタシの化粧が濃いとかぬかすのよ殴り飛ばして! 顔面を!」


「遅いですよ架礼斗! だけどこれで形勢逆転です! このお面女が風紀を乱すんです! 蹴り飛ばして下さい! 顔面を!」


 ――殺意が凄い!?


 そして俺を実行犯にするな。

 若いみそらで中間管理職が如き頭痛を覚え、眉間を押さえたくなる。

 労基はどこだ?


「えーっと元華、まず叶音のどこが風紀違反なんだ?」


 慎重に言葉を選びながら俺が声をかけたのは、東雲元華(しののめもとか)。

 日本人でもなお珍しいほどに濃く深い黑髪が特徴的な美人だ。

 長い後ろ髪を青いリボンで毛先を束ね、右肩から胸の上に乗せたルーズサイドテールヘアは、あまりの艶に光を反射し、常に天使の輪を輝かせる美少女だ。


 スラリと伸びた手足はモデルのようだし、制服の上からでもわかる恵まれたボディラインは男女問わず羨望の眼差しを集めている。

 学園祭では、わざわざ彼女を見るために他校の生徒が集まるほどの人気だ。


「はぁ~ん? 言いがかりですぅ! 校則には派手なメイク禁止としか書かれていません~! 派手の基準て何よ。結局アンタの好みでしょ?」


 眉間にしわを寄せ、顔を歪めながら言い返すのは朝比奈叶音(あさひなかのん)。

 日本人では珍しいくらいの赤毛が特徴的な美少女である。

 やわらかい赤毛を後頭部で結ったシニヨンヘアと、こぼれる後れ毛がなんとも愛らしい。


 アーモンド形の瞳はちょっと気が強そうだけど、桜色の眼鏡越しに見るとなんだか幼くすら見えて頭をなでたくなる。


 スタイルも抜群で、ただお菓子を食べるだけの動画を投稿するだけで1万回再生されるほどの愛されキャラだ。


 この二人こそ、我が青葉谷(あおばや)学園が誇る二大美少女であり、我が学園最大のトラブルメーカーである。


「どう見たって派手でしょ! 架礼斗だってそう言っているわ!」

俺は何も言っていない。

「この程度全然だよって架礼斗が言っているんだからいいでしょ!?」


 俺は何も言っていない。

 それとも俺には見えていない二人目の元条架礼斗がいるのだろうか?

 俺は偽物、ドッペルゲンガー。

 実は五分前に生まれたばかりのカゲホウシ。う~んなんてSFファンタジー。


「架礼斗! 貴方はあたしの味方よね!?」片腕で胸を下から持ち上げる。

「架礼斗! アンタはアタシの味方でしょ!?」片腕を谷間に通し顔に沿える。


 現実逃避の自由すらなく詰め寄ってくる二人。

 二人とも頬を染め、期待を込めた上目遣いでのセクシーポーズ。

 その背後でプロレスラーよろしく手四つで握力勝負をする二つの手。血管を浮かべながらミシミシと音が鳴る。


 お前らと首から上と下で人格違くね?


「ねぇ架礼斗!」

「ちょっと架礼斗!」


 めんどくせぇ。

 なんかもうアプリの利用規約を全部読まないといけないくらいめんどくせぇ。

 だが、これが俺の仕事。


 二大美少女大戦と言う名の地雷処理班にセルフ任命されてしまった俺に拒否権などない。


 どうして俺のような平均的一般男子がこんなことをさせられているのか。

 それは、


「あ~、別に俺はどっちの味方でもねぇよ……」


 眉間にしわを寄せながら俺が呻くと、二人は同時に叫んだ。


「「元カレなら元カノを大事にしなさいよ!」」


「元カノだから大事じゃねぇんだよ!」


 俺も叫んだ。


 それから初カノだけどな。一生いらねぇよんなもん!

 雛鳥を見守るように温かい眼差しで見守れ世界!


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