☆5かいめ☆ 共同生活の第一歩
テーブルを挟んで、改めて向かい合う二人。
「……さて」
大地は気持ちを切り替えるように、一つ軽く手を叩いた。
「これから、しばらく共に生活していくわけだが……」
「お前には、本当に色々と覚えて、いや、叩き込んでもらわないといけないことがある」
大地は真剣な顔で言った。
「まずは、この世界の基本ルール、常識ってやつからだ」
「この世界の……ふむ。例えば、その『ルール』とはなんじゃ?」
ラビリスは、真紅の瞳で大地を見た。
「そうだな……」
大地は顎に手を当てて考え込んだ。
「まずはこれだ。他者を見下さないこと。この世界では文明を持っているのは人間だけだ。だから、種族による上下関係なんてものは、ここにはない」
「なにぃ!?では、この世界にはエルフや亜人といった、我々より劣る種族は、一切おらんのか!?」
ラビリスは驚愕に目を見開いた。
「ああ、そうだ」
大地は頷いた。
「そして、他人を傷つけることはもちろん許されないし、人殺しなんてものは論外だ」
「な、な、なんという屈辱……!この世界が、我らが魔族の最下層の奴隷階級である下等な人間によって支配されているじゃと……?」
ラビリスは、怒りと信じられない思いで全身をワナワナと震わせた。
「まあ、そういうわけだ」
大地はリキを撫でながら、続けてこう念を押した。
「だから、もし外で他の人に会うことがあっても、絶対に見下すような態度は取るなよ?普通に接するんだ」
「ぐぬ……善処しよう」
ラビリスは不満げに答えた。
「本当に大丈夫か、お前……」
大地は少し不安を覚えたが、深く考えるのをやめた。
「まあいいや。正直、細かいルールを挙げるとキリがないし、俺もいきなり全部は思い出せない。とりあえず、生活の中で困ったことがあったらその都度教える。ってことでどうだ?」
「え……」
ラビリスは、そのあまりにもアバウトな指示に唖然とした。
「そんなに適当で……この先の生存に問題はないのか?」
「大丈夫、大丈夫!」
大地は笑って答えた。
「ここ『日本』っていう国は、ラビリスの世界とは違う。大きな戦争もなく、治安は世界トップレベルで平和だ。悪いこと、たとえば無闇に他人を攻撃したりしなければ、普通に生活できるから安心していい」
「ふ、ふむ……そなたの言うことが真実ならば、まあ、よかろう」
ラビリスは、半信半疑の表情を崩せずに渋々と頷いた。
「よし!一旦話はここまでだ」
大地は勢いよく立ち上がり、決意の表情を浮かべた。
「それじゃあ、お前が最低限、人間として生活できる環境を整えるぞ!」
「なに!余の居城か!それとも王族用の別邸を用意してくれるのか!?」
ラビリスは目をらんらんと輝かせ、大きな期待を込めて尋ねた。
「あほか」
大地は即座に、冷たく言い放った。
「まずは、お前の寝床、それと飯を食うための食器、歯ブラシとか、そういった諸々の日用品を買いに行くんだよ!」
彼はそう言うと、躊躇なくTシャツに手をかけ、頭から脱ぎ始めた。
「き、き、貴様っ!」
ラビリスは絶叫した。
「女の前で平然と衣服を脱ぐとは!は、恥を知らんのか!この変態がぁっ!!」
彼女は慌てて両手で顔を覆い、顔を反対側に向け、全身を真っ赤にして震えた。
大地は脱ぎかけのTシャツを手に、きょとんとした表情で言った。
「え……だってお前、子供じゃん」
「年齢など関係ないわ!」
ラビリスは向こうを向いたまま、抗議の声を上げた。
「高貴な女の前で不用意に肌を晒すなど、一体どこの未開の地の教育を受けてきたのじゃ!すぐに退室して着替えてくるのじゃ!」
彼女の声は怒りで震えていた。
「マジかよ……めんどくせぇな」
大地はTシャツを頭から被り直し、小声でボヤいた。だが、すぐに思考を切り替える。
「……まあ、たしかに。これから共同生活をするんだ。お前の世界の常識を一方的に無視するのはフェアじゃないか」
大地は諦めたようにそう呟くと、無言で服を抱え、脱衣所へとトボトボと歩いていった。
彼女はその様子を一瞥してため息を一つついた。
「ほら、言われた通り、ちゃんと脱衣所で着替えてきたぞ」
大地は少し不服そうにしながらも言った。
「これで文句はないだろう?さっさと行くぞ」
「う、うむ……」
ラビリスは、まだ頬の赤みが完全に引いていないまま、小声で返事をした。
彼女の真紅の瞳には、少しの戸惑いと安堵が混ざっていた。
「と、ところで」
ラビリスは首を傾げて尋ねる。
「色んなものを調達するようじゃが、ここらで大規模な『バザール』でも開かれておるのか?」
「バザールね……」
大地は苦笑した。
「まあ、似たような場所ではあるけど、名前が違う。『ショッピングモール』だ。車で10分ほど走ったところにあるからそこに行くぞ」
「しょ、しょっぴん……?」
ラビリスは舌を噛みそうになり、その音の響きに戸惑った。
「まあ、よい。そなたの提案に乗ろう」
彼女は口ではそう言ったが、その瞳には、未知の場所への強い好奇心の光が宿っていた。
アパートの薄暗い廊下を抜け、二人は裏手の小さな駐車場へと出た。
「よし」
大地は車のキーをポケットにしまうと、愛車である軽自動車を指差した。
「これに乗って行くぞ」
「こ、これは……?」
ラビリスは目の前にある、四角く、金属で覆われた巨大な箱に釘付けになり、その瞳を丸く見開いた。
(な、なんじゃ、この奇妙な金属の塊は?車輪らしきものが四つ見える……これは馬車の一種か?しかし、動力源であるはずの馬、あるいは魔獣の類が一切見当たらない……)
ラビリスは困惑しきって、周囲の何もない空間をキョロキョロと見渡した。
「わ、わかったぞ!」
ラビリスは閃いたように大地を指差した。
「この乗り物は、あの漆黒の毛並みを持つ魔獣『リキ』とやらに引かせるのであろう!?」
彼女は謎を解き明かした賢者のように、誇らしげに言い切った。
「そんなわけあるか……」
大地は脱力したように呟いた。そして彼は助手席側のドアノブに手を掛けた。
ガチャン。
重々しい金属音と共に、助手席の扉が開いた。
「ほら、とりあえずそこに座れ」
大地はラビリスを助手席へ促した。
「いいか。この乗り物はめちゃくちゃ便利だが、間違った使い方をすると、お前の命に関わるくらい危険だ。だから乗っている間は、余計なことは一切するな。俺の言うことだけをよく聞くんだぞ」
彼は真剣な口調で念を押した。
「う、うむ……」
ラビリスは渋々と頷いた。
「危ないというのであれば、仕方あるまい」
彼女は警戒を緩めずに、分厚いドレスのまま助手席のシートにちょこんと座った。
すると大地は、ラビリスの左肩越しに一本の黒い帯を引っ張って、カチリと留めた。
「な、なんじゃこれは!?」
ラビリスは驚き、体に斜めにかかる黒い帯を掴んで引っ張った。
「こんなもので、余の行動を縛りつけるつもりか!拘束具のつもりか!!」
「違う違う」
大地はやれやれという顔をした。
「これは拘束具じゃない。もしも、この車が何かにぶつかったりした時に、お前の大切な命を守るための『命綱』だ。車に乗る時には、必ず身に着ける、この世界の最も重要なルールの一つだぞ」
彼は諭すように説明した。
「この程度の紐で、本当に余の命が守れるのか……?」
ラビリスは依然としてシートベルトを疑い、引っ張りながら呟いた。
その時、大地が運転席側から乗り込み、扉を閉めた。
「それより、この椅子……ふかふかとしていて、座り心地が格段によいな!あの部屋に持ち帰り、余の玉座にできぬか!?」
ラビリスは、クッションの効いた座席に無邪気に腰を弾ませ、瞳を輝かせた。
「却下だ。車の座席がなくなると走れないからな」
大地はあっさり却下した。
「よし、行くぞ」
そう言いながら彼はエンジンの始動ボタンを押す。
ブウゥゥゥン!
エンジン音が響き、車全体が微かに震え上がった。
「お、おい!今の雄叫びはなんじゃ!?それにこの振動は!魔獣の唸り声か!?」
ラビリスは突然の事態に動揺を隠せず、思わず体が硬直した。
「怖がらなくて大丈夫だ」
大地は、落ち着いた声で言った。
「今のはこの乗り物が動くための合図だ。よし、出発するぞ」
彼がギアを入れ、アクセルをゆっくりと踏み込むと、車は甲高いエンジン音を残し、滑らかに前進を始めた。
(馬がいないのに、この鉄の塊が動いた……!?)
ラビリスは、その不思議な感覚にシートへと背中を押し付けられながらも目を瞬かせる。
そうして、二人を乗せた車は駐車場を出て、ショッピングモールへと向けて走り出した。
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