第10話 静かな変化


扉の向こうにあったのは、

広間とは対照的な、静かな小部屋だった。


中央に、石台。

その上に、金属製の箱が一つ。


装飾はほとんどない。

だが、迷宮特有の圧が、確かに残っている。


(……報酬、か)


クロウは慎重に近づき、罠を確認する。


《遅延感知》。

反応なし。


《空間把握(狭)》。

床下に空洞はない。


《微調整》で、箱の留め具をわずかにずらす。


――問題なし。


蓋を開けると、

中には腕輪が一つと、淡く輝く結晶が収められていた。


腕輪は古びているが、魔力の流れが安定している。

装備した瞬間、身体が軽くなる感覚があった。


(数値は……上がってない)


だが、動きに無駄がない。


結晶に触れた瞬間、

《蓄積変換》が、はっきりと反応した。


――内部リソース、安定化。


意味だけが、理解できる。


(……溜める段階は、終わった)


これからは、

使いながら溜める段階。


クロウは、それ以上踏み込まず、迷宮を後にした。


地上。

夕方の光が、街を包んでいる。


ギルドに報告すると、受付嬢が首を傾げた。


「……小型ボス?」


最下層の報告書に、その項目はない。


「確認が必要ですね。

 素材は……持ち帰れなかった?」


「はい。構造物でした」


評価は、上がらない。

記録も、保留。


だが――


奥のカウンターにいた、年配の職員が、

書類から顔を上げた。


「……君」


クロウを見る目が、僅かに違う。


「最下層で、隠し通路を見つけた?」


「……はい」


男は、短く息を吐いた。


「運がいい。

 いや……それだけじゃないな」


それ以上は、言わなかった。

だが、その視線には、興味があった。


報酬は、規定通り。

昇格もない。


周囲の冒険者たちの反応も、変わらない。


「最下層専門」

「地味なやつ」


それでいい。


宿に戻り、腕輪を外す。


《微調整》を、自分に使う。


精度が、違う。


《空間把握(狭)》も、

“感じる”から“理解する”に近づいている。


(……ダメスキル、ね)


名前だけが、先にあった。

意味は、後からついてきた。


クロウは、窓の外を見る。


迷宮は、まだそこにある。


そして――

次は、もっと深い。


最弱判定の冒険者は、

評価されないまま、

確実に「次の段階」へと進んでいた。


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